映画「ゾラの生涯」ドレフュス事件を描いた歴史的価値の高い作品

19世紀フランス文学を代表する自然主義の作家「エミール・ゾラ」を題材にした、ワーナー・ブラザーズによって1937年に製作されたアメリカ映画です。日本では1948年6月に公開されました。「ゾラの生涯」というタイトルがついていますが、実際はゾラが晩年に対峙した冤罪事件「ドレフュス事件」 にフォーカスした作品です。

「ゾラの生涯」は、第10回アカデミー賞作品賞および助演男優賞(アルフレッド・ドレフュス役のジョセフ・シルドクラウト)、脚色賞を獲得しました。また、アメリカ国立フィルム登録簿に2000年新規登録された歴史的資料としても価値の高い、ゾラのファンなら必見の作品です。

「ゾラの生涯」のあらすじ(ネタバレあり)

20代のエミール・ゾラは、同じ南仏出身で幼なじみの画家ポール・セザンヌとパリ郊外の古い屋根裏部屋に同居して暮らしていた。貧しい暮らしを続ける中ゾラは、綺麗ごとばかりを並べ立てるのではなく、世の中の真実を暴く作家として身を立てていく野望を抱く。

「綺麗ごとしか書いていない本は貧しい芸術家を温めるために燃やしてしまおう」と手持ちの本をストーブに放り込むと、ストーブは不完全燃焼を起こす。セザンヌは慌てて窓を開けて換気を行うが、風邪をひくのを恐れるゾラは窓を閉め切ってしまう。

直後、二人が同居する部屋にゾラの母と、後にゾラの妻となる婚約者のアレクサンドリーヌが訪れる。アレクサンドリーヌは、ゾラが働ける立派な出版社の事務の仕事が見つかったとゾラに伝える。

出版社で働きながら作家としての仕事も続けているうちに、社会の真実を暴露するゾラの作品は警察に目をつけられ、ゾラは仕事をクビになる。

その後、ゾラは、スラム街で暮らす人々、違法な採掘条件、軍や政府の腐敗など、フランス社会の多くの不正を目の当たりにする。

その日暮らしをしていたゾラとセザンヌは、カフェで警察の手入れから逃げ隠れてきた路上売春婦のナナと出会う。彼女をモチーフに描いた小説「ナナ」がベストセラーとなり、ゾラは作家として成功への階段を登っていく。

その後もゾラは軍を批判する「壊滅」をはじめ、社会の矛盾を暴く作品を生み出していく。真実を明るみにして国を批判する作品は問題視されながらも社会に広く影響を与え、ゾラはフランスで作家としての揺るぎない地位を築き上げた。

ある日、ゾラがセザンヌと会食をしていた時、セザンヌから彼がパリを出て故郷のプロヴァンスに戻ることを告げられる。セザンヌは依然として貧しいままだったが、芸術家としての野心を燃やし続けていた。彼はゾラに「エミール、芸術家は貧しくあるべきだ。満ち足りると創造力は細り、腹だけが膨れる」「君はあの頃に二度と戻れない」という言葉をのこして、別れを告げる。

その後、ドイツ大使館宛ての傍受された手紙により、フランス政府内の軍参謀本部にスパイが存在することが確認された。エステラジー少佐がドイツ帝国大使館のシュワルツコッペン中佐へ機密文書を送ったが、エステラジーがユダヤ人の砲兵アルフレッド・ドレフュスの筆跡を真似たことで、ドレフュスが反逆罪で逮捕される。ドレフュスは軍法会議にかけられ、官位を剥奪され、終身刑が宣告されてフランス領ギアナの悪魔島に投獄される。

ゾラはドレフュス夫人のリュシーから依頼され、ドレフュスの無罪を無実を証明する「私は告発する」という公開状を新聞に投稿して発表した。フェリックス・フォール大統領に宛てたこの公開状で、ゾラは軍の不正を糾弾する。軍を批判したことでゾラは軍首脳部から名誉毀損で起訴され、敗訴して迫害を受けて英国へ亡命した。

その後、ゾラの記事の影響で世界中が真相究明に乗り出した。そしてついにドレフュスの無実が証明される。アンリ大佐は文書捏造を自白後、自害する。エステラジーはロンドンへ逃亡。ゾラの闘いはついに報われた。ドレフュスは無罪判決を受けて釈放され、軍席へ復帰する。ドレフュスのレジオンドヌール勲章受章式の前日にゾラは一酸化炭素中毒で死亡する。

※本作品は歴史上の事実に基づいて作られたフィクションなので、一部、事実と異なる部分があります。

登場人物(キャスト)

・エミール・ゾラ(ポール・ムニ)
19世紀フランスを代表する作家。真実を追求し、社会の矛盾を突き止めることに命をかける。

・ポール・セザンヌ(ウラジーミル・ソコロフ)
ゾラの故郷である南仏プロヴァンス時代の幼なじみ。野心を燃やし続ける画家。

・ナナ(エリン・アナトール・フランスオブライエン=ムーア)
社会が混乱する中、ゾラとセザンヌがカフェで出会った女。警察の手入れから逃げてきた路上売春婦。彼女をモデルにした小説「ナナ」がベストセラーとなり、ゾラは作家として成功への階段を登っていく。

・アルフレッド・ドレフュス(ジョセフ・シルドクラウト)
フランス陸軍参謀本部の大尉であったユダヤ人砲兵大尉。1894年、スパイ容疑で冤罪逮捕される。

・ヴァルザン・エステルアジ(ロバート・バラット)
ハンガリーの名門貴族のエステルハージ家の出身でドレフュス事件の真犯人。ドレフュス事件の真相が明るみになった直後にロンドンへ逃亡し、その後も特に断罪されることなく生涯を終えた。(映画の中では「エステラジー」と呼ばれている)

・ジョルジュ・ピカール大佐(ヘンリー・オニール)
フランス陸軍士官および陸軍大臣でした。ドレフュス事件で真犯人を明らかにする上で重要な役割を果たす。

・ラボリ弁護士(ドナルド・クリスプ)
ゾラの弁護士。

・アンリ少佐(ロバート・ワーウィック)
ドレフュスに対する証拠を偽造したとして逮捕され、独房で自害する。

・リュシー・ドレフュス(ゲイル・ソンダガード)
ドレフュス夫人。夫の無実を証明するために、ゾラに協力を依頼する。

・アナトール・フランス(モリス・カルノフスキー)
ゾラの友人であり支援者

・アレクサンドリーヌ(ゾラ夫人)(グロリア・ホールデン)

・ゾラの母(フローレンス・ロバーツ)

「ドレフュス事件」(1894~1906年)について

作品の要となる「ドレフュス事件」とは、フランス陸軍参謀本部の大尉でユダヤ人のアルフレド・ドレフュスがスパイ容疑で逮捕された冤罪事件です。1894年、第三共和政のパリで起こり、ドレフュスの無罪が認められたのは1906年と、解決までに10年以上の年月を要しました。

1894年夏、フランス陸軍省は、ドイツ陸軍武官宛ての陸軍機密文書の名が列挙された手紙を入手します。フランス陸軍内部に情報漏洩者がいるのではないかと疑われ、筆跡が似ていたことから、ユダヤ人砲兵大尉のアルフレド・ドレフュスが逮捕されました。逮捕の事実が反ユダヤ主義の新聞に暴露されたことから、軍は12月22日にドレフュスに終身禁固刑を宣告します。ドレフュスは、フランス領ギアナ沖の離島、ディアブル島(悪魔島)に投獄されました。ドレフュスの妻リュシーと兄弟はドレフュスの無実を訴えるものの受け入れられず、エステルアジは軍法会議で無罪となります。

真実を追求し続ける作家エミール・ゾラは、「私は告発する」という公開状を新聞に投稿して発表します。ゾラの告発はドレフュス事件の真相究明の足がかりとなり、1906年、ついにドレフュスは無罪判決を受けて釈放され、軍籍復帰しました。なお、真犯人のエステルアジはロンドンに逃亡し、その後も特に断罪されることなく生涯を終えることとなりました。

ドレフュス疑われた理由は、彼がアルザス生まれでユダヤ系の軍人であったも関係しています。真犯人のエステルアジが軍法会議にかけられたものの無罪となったのは、当時の反ユダヤ主義の世論が影響していたとされています。

ドレフュス事件によって宗教が原因となるユダヤ人差別が表面化されたことで、フランス革命の理念(自由・平等・博愛)が危機に瀕しているとされ、フランス国民に人権意識が高まるようになりました。その過程でブルジョワ政党の急進社会党と社会主義政党の二大勢力が台頭し、その両党が主導する議会で1905年12月9日にカトリック教会による国家支配を否定する政教分離法が成立しました。

参照
https://www.y-history.net/appendix/wh1202-079.html
https://www.y-history.net/appendix/wh1401-083.html

なお、ドレフュスを弁護したゾラはドレフュス事件の最中である1902年に一酸化炭素中毒で亡くなりましたが、煙突が反ドレフュス派によって故意に塞がれていたという可能性も有力とされています。

「ゾラの生涯」の作品中に出てくる名言

ゾラのセリフ

真実の前進は止まらない

人はいつか死ぬが思想は不滅だ

考えてごらん、今世界中で安らかに眠っている子供たちは、いつか過酷な戦場に送られ苦しみ悶えながら死んでいく。許せんことだ。誰かが止めねばならん。武力では何も解決しない。人間の知性が社会を解放するんだ。懸命に生きる者が報われる社会を創ろう。

ゾラのお葬式での牧師のセリフ

自由を享受する者たちよ、彼の言葉を胸に刻め。自由のために血を流したすべての戦士を忘れるな大衆を騙し、社会を混乱に陥れた者を忘れるな。

人間らしくあれ

正義のない社会に真の平穏はない

「ゾラの生涯」の感想・考察

エミール・ゾラは私の最も好きな作家です。社会の矛盾がリアルに描かれ、その時代のその場所で自分も生きているかのような臨場感に引き込まれていくからです。

どの作品でも、令和の日本に住みながら、まるで19世紀のフランスで生きているかのような体験ができます。

ゾラのおかげで私の人生は彩られていったといっても過言ではありません。

彼がが亡くなって35年後に発表されたこの映画「ゾラの生涯」は、ゾラの生き様をリアルに体感でき、なおかつ歴史的資料としても価値のある作品です。

多くの人は一度、社会的地位や権力を手に入れてしまうと、手に入れたものを失わないようにと保身に走りがちです。

現代の日本においてもさまざまな利権が蔓延り、庶民を食い物にしています。

いつの時代もどの国でも犠牲になるのは国民であり、社会の底辺で懸命に生きる人々が搾取されていきます。

19世紀末のフランスでは、第三共和制の中で起こったドレフュス事件をきっかけに、国民の人権意識がより高まり、1905年12月に政教分離法が成立されました。

日本では最近、京都の芸妓さんが未成年への飲酒強要を告発したり、元自衛官の女性がセクハラを告発して話題になっています。

これまで権力者によって隠されていた不都合な真実が次々と明るみになります。

勇気を出して真実を告発した人が守られる社会であってほしいと切に願います。

「真実の前進は止まらない」

「人間の知性が社会を解放するんだ。懸命に生きる者が報われる社会を創ろう。」

このゾラの言葉を信じて、一人の意志を持った人間が行動することで、社会が変わっていく。そんな世の中にしていきたいと感じました。

なお、映画のトレフュス役とエステルアジ役が肖像画とそっくりで(ゾラ役も)、メイクなどの演出にも非常にこだわった作品だと思います。

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Ayacoライター
アラフォー独身おひとり様女。10代の時、世界文学を読み漁るうちに、日本の学校教育で教わる生き方との矛盾を感じる。進路に悩み、高校の普通科を1年で中退。 通信制高校に編入し、同時に大検(現在の高卒認定資格)を取得して美大へ入学。在学中にフリーランスのグラフィックデザイナーとして起業。その後、Web制作会社でディレクターとして勤務後、大手広告会社のライターを経て2度目の起業。 30代半ばに、美大へ進学するきっかけとなった、印象派時代のフランスの画家達が過ごした聖地を旅する。 地方在住のアラフォーになり、コロナ禍をきっかけに、学生時代からの夢であった、知的探究心の向くままに世界の文学に触れる日々を過ごしている。 オフィシャルサイトはこちら
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