エミール・ゾラ「ナナ」あらすじと考察・歴史的背景 パリ下層市民の下剋上物語

フランスの自然主義作家エミール・ゾラの代表作「ナナ」をご紹介します。

この作品は1200人もの人物が登場するゾラの作品群ルーゴン・マッカール叢書の第9巻で、1880年2月15日、シャルパンチエ書店から単行本として発売されました。発売直後から賛否囂々たる批評の渦を巻き起こし、5万5000部刷ったのが足りなくなり、即日1万部を増刷したと伝えられます。当時としては異例のベストセラーとなりました。

1867年4月のパリ万国博覧会から1870年7月の普仏戦争開始までが歴史的背景として描かれており、ルイ・ナポレオンによる第二帝政期が終焉する時期をリアルに体感できる、歴史的読み物としても価値の高い作品です。

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著者エミール・ゾラのプロフィール

エミール・ゾラ(Émile Zola 1840年4月2日 – 1902年9月29日)フランスの小説家。

1840年にパリのサン・ジョゼフ街で生まれる。運河工事をする父の仕事の関係で1843年に南仏のエクスアンプロヴァンスに引っ越すも、ゾラが7歳の時にゾラの父が亡くなり、一家は経済的に困窮する。幼い頃の親友で裕福な家庭で育った画家のポール・セザンヌとは同じ芸術家を志す同志として助け合い、夢を語り合っていた。(映画「セザンヌと過ごした時間」より)

1858年にパリに戻り、バカロレアに二度挑戦するも、二度失敗する。1862年から出版社で働き始め、実証主義的著作を多く扱うこの出版社で働く中で、ロマン主義的な詩作から小説への方針転換を果たす。1865年から本格的に評論を手がけるようになり、印象派の画家を擁護する批評を発表。1866年にジャーナリスト、作家として独立。

以来、数多くの社会の矛盾を突く作品を生み出す。彼の偉大さは、人間や人間の宿命という怪物と取り組み、これをねじ伏せようとする気迫とエネルギーにある。代表的存在でもあった。代表作品は全20作から成るルーゴン・マッカール叢書で、著名作は「居酒屋」「ジェルミナール」「ナナ」「制作」など。

エミール・ゾラ「ナナ」の登場人物

・ナナ
ルーゴン・マッカール叢書「居酒屋」の女主人公ジェルヴェーズとクーポーの間に生まれた娘。パリ労働者街で育つ。成長するに従って豊満な肉体を加えた彼女は全裸に近い姿で突然ヴァリエテ座の舞台に登場する。高級娼婦でもあるナナは彼女に近づく名士から巨額の金を巻き上げていく。

・ミュファ・ド・ブゥヴィル伯爵
チュイルリー宮殿の皇后官侍従に任命されたパリの貴族。ナポレオン一世によって伯爵に叙にせられた陸軍大将の晩年の子。快活さを書いていたがまっすぐな心を持った誠実な人として通っていた。厳格な宗教的戒律に従い、神の掟と教理に則って生活を律して生きてきた。女性の肉体を知らずに年をとり、初老に入りかけている五十男。ナナの虜になり、ナナに全財産を貢いで身を滅ぼす。

・ド・シュアール侯爵
ミュファの父親。かつて枢密顧問官だった。 ガガから娘のアメリーを3万フランで買ったと噂されている。

・フォシュリー
フィガロ誌に記事を書く新聞記者。ミュファ伯爵夫人のサビーヌと愛人関係になる。

・エクトル・ド・ラ・ファロワーズ
フォシュリーの従弟で学業の仕上げにパリに出てきた青年。

・ジョルジュ・ユゴン
天使のような美しい大きな眼をした金髪の17歳の少年。ナナに恋心を寄せているが、ナナからは後腐れの危険のない少年として面白半分に子供扱いされている。銀行家のシュタイネルがナナに別荘を買ったラ・ミニョットでナナと関係を持つ。

・フィリップ・ユゴン
ジョルジュの十歳年上の兄。ブールジュの守備隊にいる、とても背が高く恰幅のいい陽気な軍人。弟のジョルジュと同様、ナナの情夫となる。

・ユゴン夫人
ジョルジュの母で老婦人。ある公証人の未亡人でオルレアンの近くにある同家の昔からの所有地レ・フォンデットに隠栖していて、パリではリシュリュー街にある以前の持ち家を足溜りとしている。ド・シュアール侯爵夫人のごく親しい友達で、今でも家族同様な口の聞き方をしている仲。

・ラボルデット
寸分の隙もない身なりをした金髪の背の高い青年。女という女と知り合い。

・ガガ
ルイ・フィリップ王の初期の寵姫だった女。太った身体で腰をコルセットでしめつけ、金髪が白髪になったのを黄色に染め、頬紅をさした円顔をしている。

・アメリー
18歳を過ぎたガガの娘。通称リリ。母親のガガからド・シュアール侯爵に三万フランで売られたと言われている。

・シュタイネル
ドイツ系のユダヤ人で幾百万の富をかき集めた辣腕の事業化で銀行家。 惚れっぽく、舞台に出る女はどんなに高くても手に入れた。背はごく小さいがお腹の出っ張った、灰色の頬髭を一面に生やしている。もともとはローズ・ミニョンに入れ込んでいたが、ナナに乗り換え、ナナにラ・ミニョットの別荘を購入する。

・ダグネ(ポール)
ナナの情夫だった男。父親がルイ・フィリップ王から大変重く用いられて亡くなるまで知事をしており、叔父は大地主。本人は女のために三十万フランの金を蕩尽し、相場に手を出して、女たちに時おり花束を買ってやったり、レストランへ連れて行ったりする小金を稼いでいるだけの青年。やがてミュファの娘エステルに結婚を申し込むものの、エステルとの結婚式の日の初夜をエステルより先にナナに捧げる。

・ゾエ
ナナの小間使。

・ルイゼ
ナナが16歳の時に生んだ子供。ランブイユの近くのある村に里子に出していた。3歳近くになってもいつも病弱で、幼くして天然痘で亡くなる。

・マダム・ルラ
「居酒屋」にも登場したナナの叔母。花屋の商売をやめて、ちびちび貯めたお金の金利600万フランでバティニョルでつつましく暮らしている。

・ミュファ夫人(サビーヌ伯爵夫人)
夫婦の義務にあくまで従順な34歳の女。夫のミュファも含め、誰とも寝たことがないとされている。昨年亡くなった伯爵の母親と区別するたびに、通常サビーヌ伯爵夫人と呼ばれる習わしとなっている。 のちにフォシュリーの情婦となる。

・ミュファの母親
いつも司祭たちのお仲間入りばかりしていて、どうにも手に余る老婦人。その上、何でも自分の思い通りにしないと気が済まない尊大な態度と、権高な挙借を持っている。息子のミュファを厳しくしつけて育ってきた。

・エステル
ミュファとサビーヌ伯爵夫人の娘で、痩せて背が高く、あまりぱっとしない生意気ざかりの16歳。

・グザヴィエ・ド・ヴァンドゥーヴル伯爵
すらりとして大変身だしなみのいい、一際上品な紳士。ナナを幾度となく訪ねてきたり花を届けたりして熱心にナナに言い寄り、ナナの家に泊まる。

・デュ・ジョンコワ夫人
兄が外交官で東洋に駐在したことがある。

・ミニョン
ローズ・ミニョンの夫

・ド・シェゼル夫人
レオニードと呼ばれるほっそりとした小柄な婦人。 サビーヌの修道院学校時代の 5つ年下の友達。

・レオニード・ド・シェゼル
パリ中の人を残らず知っている人。

・フーカルモン
ヴァンドゥーブルの友人で海軍士官。どこにでも出入りしている小柄な男。

・オーギュスト
シュネイタルの給仕。

・フランシス
ナナの髪結。きちんとした身なりの男。

・マロワール夫人
ナナの古い友達の老婦人。

・ロール・ピエドフェール
殉職者(マルティル)街にある大衆食堂を経営している、でぶでぶした身体を帯やコルセットで締めつけている五十女。貧しい女たちに定食を三フランで食べさせている。

・リュシー・ストゥワール
北停車場に勤めていた英国生まれの塗油工の娘。39歳。首の長すぎるやつれて痩せた顔に唇の厚い、格好の醜い小柄な婦人。快活で愛嬌があるので魅力に富んでいる。頭は少し足りないが至って好人物。肺を患っているものの決して死ぬ心配はない。三人の王族と一人の侯爵の寵を受けたことがある。

・オリヴィエ
リュシーの18歳になる息子で海軍兵学校の生徒。

・ロベール夫人
つつましい服装をしたきれいな婦人。ナナの家の夜食の会へ出ることを断って以来、ナナの念頭をそ去らず、尊敬に似た気持ちを抱いている女。モニエ街に住んでいる。

・テオフィル・ヴノー
宗教に関する訴訟を専門に扱っていた古い弁護士。巨大な財をなして引退し、現在は至るところで迎え入れられ、丁重に遇されている。見かけは非常に謙譲で、マドレーヌ寺院の協会理事を務め、隠居仕事と称してを第九区の助役の役もあっさり引き受けていた。

・イルマ・ダングラール
シャモンの館の女主人。かつては男にちょいと息を吹きかけるだけで一切合切搾り取ってしまうと言われていたやり手の女。ナポレオン時代からの生き残りで九十歳になる。

・ビジュー
ナナの飼っているスコッチ・グリフォンテリヤの子犬。

ヴァリエテ座のメンバー

・ボルドナヴ
ヴァリエテ座の支配人。女を看守のように扱いながら見せ物にする興行師。腹黒くて憲兵のような気性を持った男。

・ローズ・ミニョン
ヴァリエテ座のスターでナナのライバルとなる女優。

・サタン
ポワソニエ街の 怪しげな踊り場「パピヨン」で出会ったナナの古い友達でナナが夢中になった女。サタンを舞台に出させようとボルドナヴを閉口させたながらもヴァリエテ座へ迎え入れた。ナナと同性愛のような関係になる。

・シモーヌ・カビローシュ
教育があり、ピアノも弾ければ英語も話せる金髪の華奢で可愛い女。ボルドナヴの情婦。

・プリュリエール
ヴァリエテ座の人気役者で鼻持ちならない自惚れ屋の色男。

・カトリーヌ・エケ
ボルドー生まれの25歳。金で買える女の中では一番美人の一人として通っている。冷ややかな美しさを兼ね備えた女。

・レア・ド・オルン
生え抜きのパリの娼婦で着付けの下手な女。

・タタン・ネネ
ぴかいちの歌姫で、いつもからかいの種にされている乳母のような乳房をした気のいい肥った金髪娘。20歳になるまではシャンパーニュ地方の寒村で牛の番人をしていた。

・マリア・ブロン
フォリー・ドラマティク座で初舞台を踏んだばかりの痩せて悪童めいた15歳の女。生え抜きのパリの娼婦。

・ブランジュ・ド・シヴリー
本名はジャクリーヌ・ボーデュ。アミアンの近くの村の出で嘘つき。ロシア人に珍重されている、綺麗な顔に厚化粧をした金髪の太った32歳の女。

・クラリス・ベスニュス
ある夫人に女中としてサン・トーバン・シュール・メールから連れて来られたが、その夫が手をつけて捨ててしまった女。

・シモーヌ・カビローシュ
サン・タントワーヌ郊外のある家具商の娘。立派な寄宿舎学校で小学校教員になるための教育を受けた女。

・ルイズ・ヴィオレーヌ
生え抜きのパリの娼婦。

・ボスク老人
しょっちゅう酔っ払っている老人。

・フォンタン
胴間声と馬鹿騒ぎの喜劇役者。ナナの情夫の一人となるも、やがてナナに暴力を振るうようになり、 女を作ってナナを締め出した。

・マチルド
香水の強い匂いを漂わし、楽屋中を汚す不潔な女。

エミール・ゾラ「ナナ」のあらすじ(ネタバレあり)

名作「居酒屋」主人公ジェルヴェーズとクーポーの娘としてパリの労働者街に生まれたナナ。生まれながらの美貌に、成長するにしたがって豊満な肉体を加えた彼女は、1867年4月のある日、全裸に近い姿でヴァリエテ座の舞台に登場した。

華々しいデビューを飾ったナナは新聞記者のフォシュリーによってパリの大衆誌「フィガロ」にも取り上げられ、話題となる。

しかし舞台女優としての評判の一方で、モスクワの豪商によって囲われ、オースマン街の新しい大きな家の3階に住んでいるナナは、日々の支払いに追われていた。

ヴァリエテ座で華々しいデビューを飾った翌日、ナナの家に銀行金シュタイネルと、学校さぼり風の美しい顔をした金髪の少年ジョルジュが訪れ、さらにチュイルリー宮殿のド・シュアール侯爵とミュファ伯爵が、 慈善救済会の会員として寄付のお願いにやってきた。

それから数日が経った4月の終わり頃、ミュファ伯爵の邸宅では夫人によって毎週火曜日のサロンが開かれていた。12人ほどが集まっていた客間で招待客たちは、万国博覧会の見物にパリにやってくる王公たちの話や、プロセイン王国のビスマルク伯爵が戦争を仕掛けて自分達を攻めてくるのかもしれないといった噂で盛り上がっていた。

その翌日にはナナの家で、ヴァリエテ座でのナナの女優としての成功を祝う晩餐会が開かれた。 ナナはその場にミュファ伯爵を招待していたがミュファ伯爵はその招待を断り、来なかった。 ナナはその晩餐会の場でダグネから銀行家の肥った大金持ちのシュタイネルに情夫を乗り換える。

数日後、ヴァリエテ座ではスコットランドの王子殿下が博覧会を見物の際に「金髪のヴィナス」をご覧になるとのことで翼席を予約していた。殿下がヴァリエテ座を見学する時、ミュファ伯爵とその父親であるド・シュアール侯爵がつき従っていた。ヴァリエテ座支配人のボルドナヴの案内によって殿下とド・シュアール侯爵、ミュファ伯爵は楽屋でほとんど裸に近い姿のナナに出会う。宗教的な戒律に従って生きてきて女性経験に乏しいミュファ伯爵はナナの虜になる。

ある日、ユゴン夫人が息子のジョルジュと二人だけで暮らしている家に一週間ばかり来ないかと招待をうけてミュファ伯爵が妻と娘を連れてレ・フォンデットに到着した。その近くのラ・ミニョットには銀行家のシュネイタルがナナのために買った別荘があり、ナナも同じ日の晩に到着することに。

ジョルジュはこっそり家を抜け出してナナのもとへ。そこでジョルジュとナナは関係を持ち、初恋のような甘酸っぱい喜びとともに結ばれる。そしてナナはミュファ伯爵とも寝た。何の喜びも覚えずに。

ナナはミュファ伯爵とシュネイタルを振り回した挙句に、ヴァリエテ座の役者フォンタンと関係を持ち、ともに暮らし始める。ナナはフォンタンに夢中になるがフォンタンはナナに暴力を振るうようになり、結果的に他の女を作ってナナを締め出す。締め出されたナナは古くからの女友達サタンの住む家へ。同性愛的関係を持とうとしていた時、警察が来て逃げ出し、ナナは叔母であるルラの元へ避難する。

ヴァリエテ座では「可愛い公爵夫人」の舞台稽古をしていた。ナナは浮気女の役ではなく堅気女の役をやりたいとのことで、ナナに未練のあるミュファ伯爵に金を積ませてボルドナヴに交渉させ、ローズから役を奪う。

こうしてナナは、男の愚かさや淫らさを種に生きる女となり、高等内侍の中のピカイチ的存在となった。忽ちのちにすっかり売り出し、花柳界にも名を馳せて、金にあるままに湯水のように浪費し、美貌を鼻にかけて、人もなげに振る舞った。そして瞬く間に一番高級な女たちの間に君臨した。彼女の写真はショーウインドウに飾られ、その名は新聞にかき立てられた。

ナナは持参金の多い娘との結婚を望んでいるかつての情夫ダグネと、ミュファ伯爵の娘エステルの結婚を取り持つ。ミュファ伯爵の邸宅で盛大な結婚パーティーが開催された日の初夜、ダグネは結婚を取り持ったナナへの手数料として、ナナと一夜を共に過ごす。

そのうちにナナは贅沢三昧の暮らしの中で次々と男たちから金を巻き上げるようになった。特にジョルジュの兄フィリップから金を搾り取り、ポケットを空にしていった。

同時にナナはミュファ伯爵を罵倒して金を巻き上げる一方で、ブローニュの森の社交界の常連となり、そこに重要な地位を占めて世界中の首都に知れ渡って、すべての外国人たちの求愛されるようになった。

ナナはミュファ伯爵に正装させたまま動物の真似をさせて揺すぶったりつねったり尻を大きく蹴飛ばしたりしながら卑しめる。これはナナの復讐であり、血によって受け継がれた、パリ下層階級である一族の無意識な怨恨であった。

さらにミュファ伯爵は、ナナに四千フランを持ってきた自らの父親ド・シュアール侯爵とナナの情事の場に鉢合わせてしまい、ショックで立ちすくむ。その出来事がきっかけでミュファ伯爵はナナと決裂する。ミュファ伯爵の生活はその時、完全に粉砕されていた。大金持ちであった銀行家のシュタイネルや、ラ・ファロワーズもナナによって財産を搾り取られてすっからかんになり、破産した。

フィリップは連隊の金庫から一万二千フランを盗んだと告発されて投獄される。ナナと兄との関係を知り、 嫉妬に苦しんだジョルジュはナナの家で、ナナの化粧室にあった 尖ったハサミを胸に刺し、自殺未遂をしたの後に亡くなった。

このようにして次々と男たちの滅亡と死を作るナナの事業が完成された。労働者階級の場末街から飛び立った蝿となったナナは、社会を腐敗させるバイ菌を運び、ただ男たちの肩に止まるだけで彼らを毒した。彼女は自分が属する階級、社会から見捨てられた人々のために復讐したのであった。

数ヶ月姿を消したのちにロシアから帰ってきたナナは天然痘に罹っていた。そしてナナも、積年のライバルであったローズ・ミニョンの指示でグランドホテルに運ばれ、ローズに夜通し看病されながら、顔じゅうが天然痘の嚢胞に覆われた状態で、輪郭さえ見分け難いほど顔は崩れてぶよぶよになり、見るも無惨な姿となって命を引き取った。同じ日にビスマルク率いるプロセイン王国とフランス帝国との普仏戦争が始まった。

歴史的背景

エミール・ゾラの1880年2月15日に刊行された「ナナ」の時代的背景となった時期は、パリ万国博覧会の開催された1867年4月頃から普仏戦争の始まった1870年7月にかけてです。 ゾラは、バルザックの「人間力」叢書にヒントを得て、ナポレオン三世の第二帝政期を舞台とする一大叢書を作り上げる計画を立てました。

しかしながらゾラは、ただバルザックを真似て時代的背景を異にした作品を書こうとしたのではありません。一つの家系を中心として、その遺伝的宿命を被った五代にわたる人物をそれぞれの作品に配し、様々な環境に置かれたそれらの人物がどのように行動するかを実験し、合わせて時代の諸相を描こうと試みました。

ルイ・ナポレオンによる第二帝政が発足する前後から第二帝政が崩壊し、第三共和政の時代に入るまでの流れをご紹介します。

こちらのサイトを参考にさせていただきました。
https://www.y-history.net/

  • 1848年2月23日 二月革命により第二共和制が発足
  • 1948年12月15日 ルイ・ナポレオンが当選し、フランス大統領に就任
  • 1851年12月2日 ナポレオン三世のクーデター
  • 1852年 ルイ・ナポレオンが帝政を再興してナポレオン三世となる。第二帝政期が始まる
  • 1867年4月1日〜10月31日 パリ万国博覧会が開催される
  • 1870年7月19日 普仏戦争開始
  • 1870年9月2日 スダンの戦いでナポレオン三世が捕虜となり、フランス第二帝政は崩壊
  • 1870年9月4日 共和政宣言と国防臨時政府の成立
  • 1871年1月18日 パリに迫ったプロイセン軍はヴェルサイユ宮殿を占領。そこでドイツ帝国の皇帝戴冠式を行い、その10日後にパリは開城した。
  • 1871年2月26日 フランス臨時政府は50億フランの賠償金と、アルザス・ロレーヌを割譲する条件で講和した。
  • 1871年3月1日 勝ち誇ったプロイセンはパリに入城。パリ市民は抗議の黒旗を窓に垂らす。
  • 1871年3月28日 フランス臨時政府の屈辱的な講和に反対したパリ市民は、パリ=コミューンを組織して、労働者政権を樹立する。しかし臨時政府側とドイツ軍によって包囲され、5月に崩壊した。

こうしてフランスはブルジョワ共和政の第三共和政の時代に入る。第三共和制の政体は第二次世界大戦中の1940年までの約70年にわたり続く。

次に「ナナ」に登場する時代的背景となる出来事を取り上げます。

1851年12月2日のクーデター

3年間フランス共和国大統領を務めたルイ・ナポレオン・ボナパルトは、1851年12月2日の朝、国民議会の解散、男性参政権の回復、選挙の呼びかけ、第二共和国の後を継ぐ新憲法の準備を宣言する6つの政令を発布した。これによってルイ・ナポレオンは、憲法上の正当性に反して第二共和国憲法で再選が禁じられていたにもかかわらず、任期終了の数ヶ月前に権力を維持した。翌年52年、帝政を再興してナポレオン三世となる。

→このクーデター以降、ナナの情夫となるミュファ伯爵はナポレオン三世の寵愛を蒙ることになります。

パリ万国博覧会(1867年)

1867年4月1日から10月31日までフランスの首都パリで開催された国際博覧会。42か国が参加し、会期中1500万人が来場した。

→ミュファ伯爵夫人のサロンでは始まったばかりのパリ万国博覧会に世界各国から訪れる王公の話で盛り上がっていました。スコットランド王子がパリ万国博覧会の折にヴァリエテ座に見学へ訪れ、その際に付き添ったミュファ伯爵と、その父親のド・シュアール公爵は、ボルドナヴに楽屋へ楽屋に案内され、ほとんど裸に近い格好をしたナナの姿を目の当たりにします。

普仏戦争

フランス第二帝政期の1870年7月19日に起こり、1871年5月10日まで続いたフランス帝国とビスマルク率いるプロイセン王国の間で行われた戦争。フランス帝国は敗北し、この戦争を契機に、すでに旧ドイツ連邦の解体で除外が濃厚となっていた議長国オーストリア帝国を除いたドイツ統一が達成され、フランス第二帝政は崩壊した。

→ナナが亡くなる日の最後のシーンが普仏戦争の始まりの日と見られます。1867年4月にミュファ伯爵夫人のサロンで噂となった「プロセイン王国のビスマルク伯爵が戦争を仕掛けてくるかもしれない」といった話が現実となりました。

感想

1867年のパリ万国博覧会から1870年の普仏戦争開始までのフランスの社交界を垣間見ることのできるこの作品。フランスが激動していた当時の歴史的背景を知ることができ、また階級社会のリアルも感じられ、読むたびに新しい発見がある、とても深い作品です。

ゾラの「居酒屋」と同様、登場人物が多くて訳がわからなくなりがちなこの作品ですが、何度も読み込むうちに物語の面白さに引き込まれていきます。

ナナによって次々と破滅させられていく貴族達の描写に、スカッとした庶民の読者も少なくなかったことでしょう。

たくさんの男達と見境なく関係を持つナナですが、特に印象的だったのが17歳の純朴な少年ジョルジュと、まるで少女のように戯れるシーンです。

「居酒屋」の中で、10代の早いうちから家出をして売春で生計を立てるナナの姿が描かれていました。ナナにとっては貧しい生活によって奪われた青春を、ジョルジュとの時間で取り戻すかのように感じられます。

しかし束の間の純粋な時間も、追い立てるような現実的な生活によって、幻想のように消え去っていきます。

そしてもう一つ印象的だったシーンは、ジョルジュの兄フィリップが、ナナに買い与えた高価なプレゼントを、ナナが面白がってフィリップの目の前で壊してしまうシーンです。

涙を浮かべて困惑するフィリップを前にして、他の男にもらった贈り物もナナが次々と壊していく場面は狂気のようで、彼女の血が受け継いできた先祖代々の憎しみを物語っているようです。

そしてこの物語のキーパーソンとなるのが、ナナの古い女友達のサタンです。同性愛的関係となるサタンに唯一、ナナは無条件の愛を注いでいました。

ラストシーンで天然痘にかかったナナを、リスクを背負って夜通し看病したのは、ライバル関係であったローズ・ミニョンであることも印象的でした。

「居酒屋」と同様、社会の矛盾の中で葛藤する登場人物たちの交流を通じて、人間の根源的な欲望や情念がこれでもかというほど表現された「ナナ」。当時の社会的な背景を深く理解するために、「居酒屋」を先に読んでから読まれることを強くお勧めします。

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Ayacoライター
アラフォー独身おひとり様女。10代の時、世界文学を読み漁るうちに、日本の学校教育で教わる生き方との矛盾を感じる。進路に悩み、高校の普通科を1年で中退。 通信制高校に編入し、同時に大検(現在の高卒認定資格)を取得して美大へ入学。在学中にフリーランスのグラフィックデザイナーとして起業。その後、Web制作会社でディレクターとして勤務後、大手広告会社のライターを経て2度目の起業。 30代半ばに、美大へ進学するきっかけとなった、印象派時代のフランスの画家達が過ごした聖地を旅する。 地方在住のアラフォーになり、コロナ禍をきっかけに、学生時代からの夢であった、知的探究心の向くままに世界の文学に触れる日々を過ごしている。 オフィシャルサイトはこちら
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