エミール・ゾラ「制作」あらすじと考察(ネタバレあり)パリ印象派時代の芸術家たちの交流

私がエミール・ゾラにハマるきっかけとなったのが、ルーゴン・マッカール叢書第14巻の「制作」です。

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この作品ではフランス印象派時代の芸術家同士の交流が描かれています。

主人公のクロード・ランティエは、ルーゴン・マッカール叢書第7巻の主人公である洗濯女ジェルヴェーズと、彼女の内縁の夫ランティエとの間に生まれた長男です。

このクロードは、エミール・ゾラの幼馴染であった画家のポール・セザンヌがモデルになったとされています。

私はもともとポール・セザンヌが好きで南仏エクスアンプロヴァンスのアトリエにも訪れたことがあります。

映画「セザンヌと過ごした時間」を観たことがきっかけでゾラの作品に興味を持ち、セザンヌがモデルに描かれた「制作」を読んでみたいと強く思うようになりました。

エミール・ゾラ「制作」の登場人物

・クロード・ランティエ
「居酒屋」の主人公であった洗濯女ジェルヴェーズと内縁夫ランティエとの間に生まれた長男。故郷の南仏プラッサンの老人に絵の才能を見込まれ、養子として引き取られ、画家の道に進む。

・ピエール・サンドーズ
クロードのプラッサン時代の幼馴染。役所で働きながら作家を志し、やがて作家として生計を立てるようになる。毎週木曜日に自宅で仲間達を集めた食事会を開く。

・デュビューシュ
建築学校に通う学生。プラッサン出身でクロードとサンドーズとは仲良し3人組の一人であった。クロードをサロンでけなした大富豪に婿入りし、一時期クロード、サンドーズと距離ができる。

・クリスティーヌ
田舎から出てきてクロードと出会い、恋に落ちて結婚する。クリスティーヌをモデルにした作品「外光」はサロンで大衆の嘲笑の的となるが、それがきっかけでクロードとクリスティーヌは結ばれる。

・ファジュロール
クロードの仲間の画家。クロードがサロンで嘲笑された「外光」をヒントに制作した作品が投機家の画商に認められ、画家として成功の道を歩み始める。

・ジョリー
クロードの仲間で美術批評家の新聞記者。女たらしで娼婦のイルマ・ベコーと付き合っていたが、ひと回り年上の薬草屋のマチルドに手なづけられて結婚する。

・マウドー
クロードの仲間の彫刻家。仕事が順調に評価されるサンドーズやファジュロール、デュビューシュ、ジョリー達とは対照的に、貧困と闘いながら作品作りに励む。しかし彫像の中に入れる鉄の支柱を買えなかったことから、腕によりをかけた完成間近の作品を倒して壊してしまう。

・シェーヌ
マウドーと同居し、女(マチルド)も共有する画家。マウドーと喧嘩し、口を聞かなくなる。途中でクリニャンクールの大道芸人に転向し、自分の描いた絵を後ろに飾る。

・マチルド
薬草屋を営むクロードたちとひと回り年上の女。ひどく痩せていて肌が荒れ、歯も抜けていて、強烈な臭いを放つが、不思議な魅力で男たちを虜にしていく。一番のモテ男ジョリーと結婚する。

・ガルニエール
ムーランの出身で大金持ちの息子だったが、父が彼に二軒の家を遺して亡くなる。フォンテーヌブローの森で絵を研究し、真面目な風景画を描いていた。とはいえ彼の真の情熱は音楽にあった。

・イルマ・ベコー
男好きの若い娼婦。ジョリーやファジュロールなど、クロードの仲間達と関係を持つが、自分に興味のなさげなクロードの気を引こうとする。娼婦の仕事で豪邸に住むようになる。

・アンリエット
サンドーズの妻。木曜日の自宅食事会で美味しい手料理を振る舞う。

・ボングラン
クロード達とはひと回り年上の、ひと世代前の代画家。大成功を納めた過去があるからこその苦悩をクロードたちに伝える。若者たちが好きで、時折サンドーズの家にやって来ては、若い芸術家たちの熱気の中でパイプを燻らすのを無上の愉しみとしている。裕福なところから、彼は絵を売る必要もなく、気楽で自由な好みと意見をずっと持ち続けている。クロードのことを高く評価している。クロードの埋葬にサンドーズとともに立ち会う。

・マルグラじいさん
ずるがしこい画商。でっぷりと肥った男でいつもうす汚れた緑色の古いフロックコートを着ている。真っ白な髪をブラシのように短く刈り込んでおり、紫がかった赤ら顔をしている。

・マルガイヤン
左官請負業者で、パリのブールヴァール拡張工事を一手に引き受け得て大儲けして財を築いたとされている。背が低くてでっぷり太った赤ら顔の中年男。デュビューシュの義父になる。

・レジーヌ
マルガイヤンの娘。やせぎすで貧弱。

・シャンブヴァール
アミアン近郊の出身で獣医の息子。四十五歳の時にはすでに二十点もの傑作をものにしていた、異常に肥満した彫刻家。

・クラジョー
コロー(1796〜1875)がモデルとなっている風景画を創始した老大家。80代になり、モンマルトルの片隅にある小さな家でひっそりと、鶏やアヒルを相手にして暮らしている。

・フォシュール
ベンヌクールにある小さい宿のおかみ。

・ポワレットじいさん
クロードとクリスティーヌが一時期、暮らしていた、ベンヌクールにある古い家の家主。フォシュールの父親。

・ヴァンザード夫人
クリスティーヌがパリに出て来てから下宿していた家の主人で目の不自由な資産家老婦人。

・メリー
クロードとクリスティーヌがベンヌクールの家の家政婦として雇った間抜けな娘。フォシュールの姪。フォシュールからベンヌクールの宿を継ぐ。

・ノーデ
画商界に一大変革を巻き起こしている古い画商とは全く異なるタイプの男。金持ち連中だけを取引の相手とした、身なりを飾り立てた投機師で相場師。ファジュロールととても有利な契約をする。

・ユー
以前のガルニエールのひいき客であった男。昔は役所の主任をしており、ブルジョワの一人でいっぷう変わっている。かたくなに自分の殻に閉じこもっている芸術家にも似た熱狂的精神の持ち主。クロードの荒々しい絵を気に入って購入する。

・マゼール
サロンの審査委員長に指名された美術大学の有名教授。優雅さと艶っぽさを誇張する因習の最後の砦といった男でボングランとは事あるごとに意見が衝突している。

・プイヨー
クロードとサンドーズののプラサン時代の同級生。

エミール・ゾラ「制作」のあらすじ(ネタバレあり)

クリスティーヌとの出会い・幼なじみとの交流

パリに住む画家のクロード・ランティエは、夏の嵐の夜、通りで行き倒れになっている若い娘クリスティーヌを発見し、一夜の宿を貸す。朝になり、胸元をあらわにしてぐっすり眠るクリスティーヌを目の当たりにして、女性経験に乏しいクロードは夢中で彼女のデッサンを描く。

クロードは故郷の南仏プラサン時代の同級生で幼なじみで二十二歳のサンドーズにモデルになってもらいながら、六ヶ月後のサロンに出す大作「外光(プレネール)」の制作に取り組組むものの、なかなか思うように描けず苛立っていた。

毎週木曜日にサンドーズの家で食事会が開かれる日、むしゃくしゃしていたクロードは憂さ晴らしに友人のデュビューシュがいる美術学生たちが使うアトリエを訪ねる。すると締め切り前の制作に没頭していた六十人もの建築学生から罵声を浴びる。同じく作品のスランプで勤務している市役所を休んでいるサンドーズの家を訪れ、サンドーズと一緒に彫刻家のマウドーと画家志望のシェーヌが同居する家へ行き、そこでジョリーと合流したのちにカフェ・ボードケンへ寄る。その夜、サンドーズの家で定例の食事会が開かれ、ファジュロールやデュビューシュ、ガルニエールも参加した。クロードは、仲間たちと過ごした一日のおかげで、心が高ぶり、想いが募り、今度こそ傑作が描ける自信が湧いてきた。

クリスティーヌとの再会

六週間過ぎたある朝、クロードがアトリエで絵を描いているときに、薔薇の花束を抱えたクリスティーヌがアトリエを訪れた。助けてもらったお礼に、とのことだったが、彼女はアトリエに立てかけられてある、自分がモデルになっている強烈な絵を目の当たりにして憤りを覚える。そしてクリスティーヌはすぐに帰って行った。それから月日が経ち、十月末のある日、再びクリステーヌがクロードのアトリエを訪れる。それから二人は一時間近く打ち解けて喋った。それからクリスティーヌは一週間に一度、クロードのもとを訪ねるようになっていた。二人は友情関係を深めながら過ごし、二人で若夫婦のように腕を組んで外を散歩するようにもなった。

嘲笑を浴びせられたサロン落選展・クリスティーヌとの愛が結ばれる日

クロードはサロンに出品する予定の絵「外光」の裸体女性がどうしても上手く描けないことに苛立っていた。当初はクリスティーヌを頭部のみのモデルにしていたが、葛藤の末、クリスティーヌに全身のモデルを依頼し、クリスティーヌもそれに同意する。クロードは全力集中して三時間で一気に彼女の全身裸像を描き上げた。

五月十五日、クロードにとって大切なサロン落選展の開会日を迎えた。そこでクロードは、自らの描いた絵が「外光」が群衆から嘲笑を浴びせられているのを目の当たりにする。仲間に慰められながらも、絶望感の中クロードは夢遊病者のように歩いて帰路に着く。家ではクリスティーヌが待っていた。クリスティーヌも一人でサロンに駆けつけ、クロードの「外光」が世間の人々から嘲笑され、罵倒されているのを見ていた。クロードはクリスティーヌの膝に頭をかけてどっとむせび泣いた。その晩、二人は初めて結ばれた。

ベンヌクールでの田園生活と息子ジャックの誕生

翌日、クロードとクリスティーヌはル・アーヴル行きの電車に乗って、ベンヌクールという小さい村にある、仲間の芸術家たちがよく泊まる小さな宿へ向かった。二人は田舎の宿の食堂で楽しく飲み食いして陽気にはしゃいだ。その後にたまたま立ち寄った古い家の家主ポワレットじいさんが、賃借人を募集していることを知る。

クリスティーヌはクロードと一緒にいたい気持ちが募り、意を決して下宿している資産家ヴァンザード夫人の家を飛び出す。こうして二人はパリからベンヌクールの古い家に引っ越した。そこで二人は夢心地の享楽的な日々を送る。八月の中頃、クリスティーヌの妊娠が発覚する。二月の中旬、クリステーヌは元気な男の子を出産し、彼はジャックと名づけられた。三年が過ぎ、クロードはたまたま幼なじみのデュビューシュと再会する。彼はベンヌクールの近くにあるマルガイヤンの別荘を訪れるところだった。それからしばらく経った後、サンドーズがクロードを訪ねてきた。サンドーズは自分が結婚することをクロードに告げる。

パリへ戻り、三年ぶりに仲間と再会・それぞれの変化

その後もたびたび訪れたサンドーズを通じてパリの仲間たちの成功を知るたびにクロードの心は乱され生活は退廃していった。クリスティーヌのストレスが頂点に達し他ことで、二人はパリへ戻ることを決意する。

パリに戻ったクロードはドゥエ街に引越し、四年ぶりにかつての仲間たちと再会する。彫刻家のマウドーと彼と生活を共にするシェーヌは以前よりも貧しさを増していた一方で、新聞記者のジョリーは裕福になり、地位と富を手に入れていた。高級娼婦に成長して豪華な暮らしをしているイルマ・べコーは、かつての恋人ファジュロールがジョリーに良い記事を書いてもらうよう媚びていることをクロードに暴露する。クロードとジョリーは画家の老大家ボングランのアトリエを訪れる。ボングランはファジュロールがクロードの創意を真似て成功への階段を登っていることをクロードに伝える。ファジュロールは噂によると画商界に新風を巻き起こしている商人ノーデと有利な契約をしているらしいとジョリーは話す。

クロードは木曜日の夜、以前のようにサンドーズの家での食事会に顔を出し、久々に仲間と再会する。サンドーズは結婚して妻のアンリエットが愛想よく皆をもてなすようになり、他の仲間たちも状況が変化して、お互いに少し心理的な距離感ができていた。特にファジュロールが仲間たちから次第に離れようとしていることは明らかだった。

三年連続でサロンに落選・クリスティーヌとの正式な結婚

その後、クロードはドゥエ街の狭いアトリエで貧乏暮らしをしながら絵の制作を進め、サロンにするものの、三年連続で落選する。そのような生活の中で次第にクリスティーヌの心も荒んでいき、五歳になった息子のジャックは虚弱になる。やがて二人は貯金を使い果たし、無一文になる。クリスティーヌはかつて飛び出してきた下宿先のヴァンサール夫人が亡くなった知らせを受け、何百万とあった、本来はクリスティーヌが相続したであろう夫人の財産がほぼ全て養老院と孤児院に寄付されたことを知る。そのタイミングでようやくクロードはクリスティーヌと正式な結婚をしようと決意する。

結婚式当日、クロードは証人をお願いしている彫刻家のマウドーを迎えに行った。彼は前よりも一層、貧乏な暮らしをしていた。マウドーはサロンに出品する予定の力作「水浴する女」の立像を制作していたが、その立像はクロードの目の前で、ストーブの熱と粘土の重みによってひ弱いきの支柱が折れ、倒れて壊れてしまう。マウドーは激しく泣きわめいた。貧乏暮らしからたった二本の鉄の支柱を買えなかったことが、マウドーをさらなる絶望へと陥れた。その後、クロードとマウドーは忘れかけていたクロードの結婚式へ向かい、簡素な式を済ませる。レストランの食事の場でジョリーが、かつてマウドーの愛人であった薬草女のマチルドを囲っていることが明るみになる。 その晩、結婚初夜にも関わらずクロードは仕事に熱中し、クリスティーヌは寂しい思いをする。すでに二人の間には修復できない亀裂ができていた。

貧乏生活への転落・息子ジャックの死

それからというもの、クロードは仕事への意欲と希望に燃え、必要な出費は惜しまないようにしようと年金の元金にも手をつけ始めた。まもなくクロードの生活は完全に絵のためだけのものとなり、彼は大作に取りかかり始めた。クロードは二年間というもの、他のことは全く眼中になく、その大作だけに没頭していた。そのようにして過ごしているうちに二万フランあった年金の元金はもはや三千フランしか残っていなかった。クロードはドゥエ街の住居を引き払い、アトリエにしているトゥールラック街のしみだらけの乾燥小屋を家族三人の住居にする。

その後もクリスティーヌをモデルにした大作は一年経っても二年経っても完成しなかった。次第にクロードの精神不安定はひどくなっていき、貯金も完全に底をつき、クロードはパリ中の嘲笑の的になっていた。

一年が過ぎ、現実逃避からパリの街をうろついていたクロードは、偶然にもイルマ・べコーと再会する。イルマの邸宅で初めて彼女と寝たことをクロードはクリスティーヌに白状してしまう。

そうしているうちにある日、息子のジャックがクレチン病で亡くなる。クロードは迷った末、意を決して涙を拭いながら死んだ息子を写生し始める。五時間かけて描き続けたその絵をクロードはサロンへ出品することに決めた。

初めてサロンに入選するものの、見捨てられた絵

ジャックを描いた「死んだ子供」を産業館へ搬入した翌朝、クロードはファジュロールとばったり会う。今ではサロンの審査員候補となっているファジュロールの家に招かれ、クロードはそこで多くの豪華な骨董芸術品を目にする。

それからサロンの審査がおよそ二十日間にわたって行われた。審査はおよそ公平とは言えないもので、ほぼ審査員の利害関係によって決められていった。クロードがサロンに出品した「死んだ子供」は策略家ファジュロールの手腕でどうにか入選するものの、クロードは喜ぶどころか胸をしめつけられる思いがした。

サロン前日のヴェルニサージュの日、クロードはファジュロールの作品「ある食事」が傑作として多くの人から称賛されているのを目にする。その作品はかつての自分の作品「外光」を真似て洗練させたものであった。クロードはこの勝利の光景を前に、茫然自失の状態となる。一方でかつての大家であったボングランの絵は通行人の目に留まらず、彼の才能が死んでしまったことを決定づけるものであった。そしてクロードは自分の作品「死んだ子供」が高さ十メートルもある巨大な絵の上に小さくかかっているのをようやく見つける。もはや彼の作品は全く見捨てられた形になっていた。

クロードは会場で会ったサンドーズとカフェに立ち寄る。そこでジョリーとファジュリールに鉢合わせ、ジョリーに彼が薬草屋のおかみマチルドと結婚したことを打ち明けられる。誰よりも彼女を罵っていたジョリーが彼女に手なずけられていることにクロードは驚いた。

再び大作に取りかかる日々

翌日から再びクロードは例の大作の仕事に取りかかった。月日は流れ、この永遠の労作にじっと耐えて関わっているようだった。クロードは平静を装っていたが、クリスティーヌには彼が嘘をついているように不気味に見えていた。サンドーズは気分転換にとクロードをクリニャンクールの縁日へ連れ出す。ある遊技場の中央で、マウドーと同居していたシェーヌが飾り立てた礼拝所のような回転台の屋台を出していた。その屋台に飾られていたシェーヌの絵はとても素敵に見えた。しかし回転台の商売はうまくいっておらず、シェーヌも貧乏暮らしを強いられていた。

その後、クロードはサンドーズからデュビューシュの近況も聞かされる。デュビューシュは当初、義父のマルガイヤンの事業を任されていたが、ことごとく損失を出したことで事務所から放り出された。今は病弱な妻に代わり病気の子供を世話している。かつてクロードとクリスティーヌが住んでいたベンヌクールの近くにあるラ・リショディエールで久々にクロードとサンドーズに再会したデュビューシュは、すっかり老けこんでしまっていた。

その後、クロードとサンドーズは久々にベンヌクールを散歩する。そこでは、かつての美しかった景色が失われており、クリスティーヌと共に過ごした青春の面影はもはや何も残っていなかった。クロードはベンヌクールを再訪すべきではなかったと後悔する。

数年ぶりに仲間が集まった晩餐会で決定づけられた友情の決裂

それから四ヶ月経った十一月のある日、サンドーズは家で開催する木曜日の晩餐会に久々にかつての仲間を招待することにした。今度はクリスティーヌやジョリーの妻となったマチルドも参加し、サンドーズの妻アンリエットが豪勢な料理でもてなすものの、その晩餐会の席では来られなかったファジュロールの悪口が繰り広げられる。さらにジョリー、マウドー、ガルニエールの三人はクロードのいないところでクロードを、高慢なくせに立像の一つも描けない無能力な大罪人だと罵る。彼らはクロードが自分達を籠絡し、利用したとはげしく非難していた。青春期からの長く続いた友情の絆は断ち切られ、今やそれぞれが他人同士の仇敵になってしまった。クロードは自分への轟々たる非難を苦痛にゆがんだ笑みを浮かべて聞いていた。

クロードの自殺

その夜遅く、家に着いたクロードと共にクリスティーヌは、真夜中にクロードがひどい寒さの中、肌着一枚でやぐらに登り、絵の前に突っ立っているのを見てギョッとする。クロードが熱中すればするほど、絵は支離滅裂になっていく。そしてクロードはまるで愛撫するかのように、裸の女を描いた。それを見たクリスティーヌの怒りは爆発する。十年もの間、クリスティーヌはクロードが描く絵の中の女にクロードを奪われて蔑ろにされていたことを激しく叫びながら訴える。クリスティーヌのかぎりない目が覚めたクロードは完全に打ちのめされた。そのまま二人はベッドで再び愛の嵐のように結ばれ、クロードはクリスティーヌにもう二度と絵を描かないことを誓う。

夜が明け、クロードはアトリエの奥から彼を呼ぶ声が聞こえたような気がして、絡みつくクリスティーヌの脚を解きほぐし、アトリエへ入っていった。それから一時間も経った頃、クリスティーヌはクロードが失敗した絵の真正面に、大はしごの上から首を吊ってぶらさがっているの目撃する。クリスティーヌは気絶し、その後、朝九時にやってきたサンドーズによって瀕死の状態で病院へ運ばれた。

サンドーズは区役所、葬儀屋、教会をまわり、どこででも費用を規定どおりに支払った。駆けつけてきたボングランとサンドーズの二人だけが墓地までクロードを見送った。クリスティーヌは命には別状ないが、無一文のまま痴呆状態となってしまった。

エミール・ゾラ「制作」に出てくる格言

この「制作」はゾラの晩年の作品であることからも、過去に画家として成功した大家ボングランや、小説家として成功した後のサンドーズのセリフから、ゾラの考え方が伝わりました。

芸術家やアーティストなど、クリエイティブな仕事に携わる人には心に染みるのではないかと思います。特に私の心に残った格言をここに記しておきます。

ボングランのセリフ

「君たちは幸せだ。まだ山のふもとにいるんだからだな。健気だし、勇気があるし、充分よじ登れる。だかな、のぼり詰めれば、もう一巻の終わりだぜ。うんざりすることばかりだ。批判を浴びるやら、転落しないようにたえず更新する努力を払わねばならないやら、気苦労の連続だ。まったく、下にいるほうがずっといい。まあ、今にわかることだ」

「人はいつもデビューするときの気持ちでいるべきだ。そして、喜びというのは、彼らの彼方の山頂に到着したときにあるのではなく、登っていること自体に、つまり、がむしゃらに登っているところにあるのだとね。」

サンドーズのセリフ

「生きていくには、じっさい、高潔なんてものはおあずけにして、あるていどのところで妥協し、ごまかさねばなりませんね。わたし自身、強引に小説をつぎつぎと出してはいますが、全力をつくしているとはいえ、どの作品も不完全で、虚偽を感じ、自分でもいやになります」

エミール・ゾラ「制作」の感想と考察

2018年に南仏エクス・アン・プロヴァンスにあるポール・セザンヌのアトリエを訪ねました。帰国後に映画「セザンヌと暮らした時間」を観て、そこでセザンヌの旧友であったエミール・ゾラの存在を知ったのです。映画で取り上げられているゾラの「制作」を読みたくなって読んだことがきっかけで、ゾラの世界にどっぷりとハマり始めました。

映画ではこの「制作」がきっかけでゾラとセザンヌは絶交したとされていますが、より後年の交友を示す手紙が2014年に発見されたそうです。それはゾラの新著「大地」へのお礼と「君がパリに返ってきたら会いに行くよ」との内容で、ゾラとセザンヌの絶交には再考が求められているとのことです。

本作品はフランスの第二帝政期から第三共和制期初頭に(1852年〜1880年代)にかけての近代絵画革新運動(マネを先駆としたモネ達による印象派の運動)の推移を、フィクションを交えて描いた小説です。

ゾラは自らの体験から芸術家の「作品創造の苦しみ」を本作品の中心主題とし、それを画家クロードの悲劇によって表現しました。

「制作」のモデルはセザンヌ8割、マネ2割?

主人公クロード・ランティエは、作品準備段階でゾラがクロードについて記したメモによると「劇的に脚色したマネかセザンヌ、どちらかというセザンヌに近い人物」とされています。

最初のサロン落選展で嘲笑を浴びたクロードの作品「外光」は、森の中に着衣の男達と裸の女を配置した構図は、1963年のサロン落選展でスキャンダルとなったマネの「草上の昼食」とそっくりです。一方でクロードの激しい動きのタッチは、後年のセザンヌ作品と類似しています。

私の個人的な感覚として、作品全体においてクロード・ランティエのモデルとなったのは、私の個人的な感覚として、セザンヌ8割、マネ2割、といったところでしょうか。特に作品前半の回想物語は、ほとんどセザンヌがモデルとなっています。

そのクロード・ランティエは終始、自意識過剰な高慢で、なおかつ無能で、誰からも認められない悲劇の画家として描かれ、最後は未完の大作を前に首を吊って自殺してしまいます。一方でゾラがモデルとなっているサンドーズは、かなり人徳者として描かれています。セザンヌ本人が本作品を読んで激昂するのも無理はありません。

ゾラは小説家としての仕事のために、親友との大切な思い出も売ったとも言えます。それも中途半端ではなく大胆に。職業作家としての自己犠牲的なプロ意識の高さ、仕事のために魂を売るとはこういうことなのかもしれない、そんなふうに感じました。

そういった背景や、パリ印象派時代の画家たちの人生を理解した上で読むと、より作品の深さを味わうことができます。

最初に読んだこともあるかもしれませんが、今まで読んだゾラの作品の中では

1位 制作

2位 居酒屋

3位 ナナ

の順で好きです。

ゾラの小説には食事会のシーンがよく出てきますが、食通と言われていたゾラの、料理の描写も魅力的です。

ルーゴン・マッカール叢書の他のタイトルも読みたいですが、日本語版はなかなか手に入らず・・・。

出版社さんにはぜひゾラの作品を電子化してもらいたいです。

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英語版は電子書籍で読めるようなので、機会があれば英語版で読んでみたいと思います。

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Ayacoライター
アラフォー独身おひとり様女。10代の時、世界文学を読み漁るうちに、日本の学校教育で教わる生き方との矛盾を感じる。進路に悩み、高校の普通科を1年で中退。 通信制高校に編入し、同時に大検(現在の高卒認定資格)を取得して美大へ入学。在学中にフリーランスのグラフィックデザイナーとして起業。その後、Web制作会社でディレクターとして勤務後、大手広告会社のライターを経て2度目の起業。 30代半ばに、美大へ進学するきっかけとなった、印象派時代のフランスの画家達が過ごした聖地を旅する。 地方在住のアラフォーになり、コロナ禍をきっかけに、学生時代からの夢であった、知的探究心の向くままに世界の文学に触れる日々を過ごしている。 オフィシャルサイトはこちら
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