エミール・ゾラ「ジェルミナール」あらすじと考察  19世紀フランス炭坑夫たちのストライキ

エミール・ゾラの小説にすっかりハマった私が「居酒屋」「ナナ」「制作」の次に読みたいと思ったのが、「ジェルミナール」です。

「居酒屋」の主人公ジェルヴェーズの次男で機械工をしていたエティエンヌが主人公のジェルミナールは、19世紀半ばのフランスの炭坑が舞台です。

雇用者と労働者の生活格差、激しいストライキ、血みどろの戦い、その中で繰り広げられる男女の情愛のリアリティは、自然主義作家ゾラならではの描写です。

人間とは何かを考えさせられる作品、長編でとても読み応えがあります。

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「ジェルミナール」の意味は、フランス革命による共和暦の月の名前

本書のあとがきによると、ジェルミナールという題名(Germinal)は、フランス革命による第一共和制の時代に制定された共和暦の月の名前です。フランス革命暦の「芽月」(3月21日ごろ~4月19日ごろ)を意味します。

国民公会(※)は、非キリスト教化運動として日常生活からキリスト教の臭みを払拭するために、キリスト生誕期限を廃止しました。

共和暦は共和制の第一日、1792年9月22日を起源とし、宗教的儀式と聖人の記念を示す語を廃止。フランス国民に親しみのある産物と、用具から借りた名を1年の区分に用いました。

ジェルミナールは共和歴第7月(3月21日〜4月20日頃)で、「芽生え月」を意味します。

これを題名にしたゾラの真意は明らかで、労働階級の向上意識の芽生えを示し、かつその勝利の予感を含めていたとされています。

※国民公会とは、フランス革命期の1792年9月20日〜1795年10月26日まで存在したフランスの一院制の立法府で、行政府の役割も担った革命政治の中央機関。

ゾラ「ジェルミナール」の登場人物

・エティエンヌ・ランティエ
主人公、21歳。「居酒屋」の主人公ジェルヴェーズの次男。機械工として働いていた鉄道の仕事を 酒に酔って上司と喧嘩してクビになり、北フランスのモンスーへ一人で歩いてやってきた。

・シャヴァル
25歳の痩せて背の高い男。パ・ド・カレ県からやって来た。カトリーヌの情夫。

・ダンセール
エティエンヌ達が働くル・ヴォルー坑の監督頭でベルギー人。

・スヴァリーヌ
30歳くらい。ヴォルー坑の機械夫。ロシア人。アヴァンタージュ軒の二階に住み、店で放し飼いにされてある雌兎のボローニャを可愛がる。トゥーラ県のある貴族の末子で、医学を修業していたことがある。ル・ヴォルー坑の坑口を破壊してモンスーを去る。

・ラスヌール
38歳くらい。ヴォルー坑の真向かいに酒場「アヴァンタージュ軒」を開く。二階を間貸ししている。 もともとは採炭夫をしていたが、3年前、ストライキのあった直後に会社からクビにされた。

・メグラ
支配人のすぐ横に住んでいて、さまざまな食料品や雑貨を置く店舗を経営しており、 高利貸しでもある。掛売りを延ばしてもらいたい坑夫の妻たちと肉体関係を持っている。 ストライキで覆われ、屋根の上から落ちて亡くなった後にラ・ブリュレ婆さんに局部を切断される。

・メグラの妻
帳簿にかがみ込んで日々を送っている貧弱な女。 夫が顧客の妻達と肉体関係を持っていることを知っている。

マユ家

・ヴァンサン・マユ
通称ボンヌモール。 モンスーへ向かう途中のエティエンヌと出会う。モンスー生まれの馬方(炭車挽きで坑外積込夫)。

・トゥサン・マユ
約42歳。ボンヌモールと同様、背が低く太っている。 働き盛りでマユ家の大黒柱。 ル・ヴォール坑のストライキ時に、兵隊によって銃殺される。

・マユの妻
39歳。7人の子供を育てる母。

・ザカリ
マユの息子、21歳。マユ家の長男。ルヴァク家のフィロメールの愛人。坑内に閉じ込められたカトリーヌを探している時、炭坑のガス爆発で死亡。

・カトリーヌ
マユの娘、15歳。炭坑夫となったエティエンヌをサポートする。同じ家で暮らすようになるエティエンヌのことが気になるが、かねてからの情夫シャヴァルと結婚。

・ジャンラン
マユの息子、11歳。ラスヌールのアヴァンタージュ軒で放し飼いにされている兎のボローニャを虐めたり兵隊にナイフを突き刺して殺害したりと残忍な性格。ストライキで危険に晒されているエティエンヌと共に、自ら掘った穴に盗品を集めて地下生活を送る。

・アルジール
マユの娘、9歳。ひどく貧弱で、 障害を持っている。

・レノール
マユの娘、6歳。

・アンリ
マユの息子、4歳。

・エステル
マユの娘、3か月。

・ギヨーム
ボンヌモールの祖父。 15歳の頃、レキヤールで上質の石炭を発見し、炭坑会社を始めた。太った人で、非常に強く、60歳で老衰で死んだ。

・ニコラ(ルージュ)
ボンヌモールの父。40歳になる頃、当時採掘されていたル・ゴール坑で落盤のため生き埋めになった。

ルヴァク家

・ルヴァク
マユ家の隣人。

・フィロメーヌ
ルヴァクの姉娘。19歳になる背の高い娘で、ザカリの情婦になってもう二人の子持ちだったが、ひどく胸が弱いために坑内で働くことが全然できず、炭坑で選炭婦をしていた。

・ベベール
ルヴァクの息子、12歳。

・アシール
フィロメーヌの長男、3歳。

・デジレ
フィロメーヌの子、9か月。

・ルヴァクの妻

・ルイ・ブートルー 
ルヴァク家の下宿人、35歳。

ピエロン家

・ピエロン
マユ家の隣人。手足のがっしりした、顔の優しい好男子の積込夫。

・ピエロンの妻
ピエロンの再婚した妻、28歳。

・リヂ
ピエロンの娘(ピエロンの連れ子)、10歳。 大人と同じくらいに力強く炭車を押すいたずら娘。

・ラ・ブリュレ
ピエロンの妻の母親。フクロウのような目とけちんぼの財布のような口をした恐ろしい婆さん。

ムーク家

・ムーク爺
50歳、坑夫上がりの馬方。 背の低い、頭の禿げた、人生に傷ついた男。 ムケットに対して大変甘く、困ったことになるのを承知で大目に見ている。

・ムケ
ムークの息子、積込夫。

・ムケット
ムークの娘、ムケの妹、18歳になる 運搬婦で、とてつもなく盛り上がって胸とお尻が上着と半ズボンをはち切れんばかりにしている人の良い娘。いろんな情夫とつるんで楽しい思いをしており、エティエンヌにも好意を持つ。

グレゴワール家

・レオン
地主、モンスー炭鉱会社の株主のひとり、60歳。

・レオンの妻
58歳。

・セシル
レオンの娘、18歳。 両親が歳をとってもう諦めていた頃に生まれた、 大変長いこと待ち望まれていた子。 美しくはなく太り気味で18歳にして成熟している。

・オレノ
レオンの曽祖父。

・ウージェーヌ
レオンの祖父。

・フェリシアン
レオンの父。

・オノリーヌ
小間使い、20歳、子供のころにグレゴワール家に引き取られる。

・フランシス
御者、荒仕事を引きうけている。

・メラニー
料理女、30年前から勤める老女。

・庭師とその妻
野菜、果物、花と鶏小屋の世話をしている。

ドヌーラン家

・ドヌーラン
グレゴワール氏の従弟。50歳を超える。ヴァンダーム坑の所有者。

・リュシー
22歳。ドヌーランの娘。

・ジャンヌ
19歳。ドヌーランの娘。

エンヌボー家

・エンヌボー
総支配人。孤児で技師。

・妻
富裕な製紙工場主の娘だった。ぜいたくで好色、子はいない。

・ポール・ネグレル
26歳。エンヌボーの甥。 髪の縮れた、褐色の口ヒゲを生やした痩せた美男子。炭坑技師。

動物たち

・バタイユ
炭坑内で10年生活している白馬。

・トロンペット
炭坑内で生活している3歳になる栗毛の馬。

・ボローニュ
アヴァンタージュ軒で 放し飼いにされている肥えた雌兎。次々と孕んで子兎を産む。

ゾラ「ジェルミナール」のあらすじ(ネタバレあり)

「居酒屋」の主人公ジェルヴェーズの次男エティエンヌは、機械工として働いていた鉄道会社を上司と喧嘩してクビになり、仕事を探すため、一人で歩いてマルシエンヌを超えてモンスーへ向かいます。

その途中、ボンヌモールと出会います。彼は106年前にル・ヴォルー坑を発見したギョーム・マユの孫で、一家で炭坑で働くマユ家の祖父でした。

それからほどなくして、エティエンヌはマユ家と共にル・ヴォルー坑で働き始めます。

エティエンヌに仕事を手取り足とり教えてくれたマユ家の長女カトリーヌに、エティエンヌはほのかな恋心を抱き始めます。

しかしエティエンヌにはすでに恋敵がいました。半年前にパ・ド・カレ県からやってきたシャヴァルが先にカトリーヌと恋仲になり、シャヴァルとカトリーヌは夫婦になります。

シャヴァルとカトリーヌが初めて結ばれるところを、たまたま通りがかったエティエンヌは目撃してしまいました。

エティエンヌはマユに紹介されて、ラスヌールの経営するアヴァンタージュ軒の一部屋に住み始めます。

そこで隣り合ったロシア人の貴族出身のスヴァリーヌの影響を受け、エティエンヌは炭坑夫達の賃上げのためのストライキを計画します。

数ヶ月後、炭坑での地位が高くなってきたエティエンヌは、結婚したザカリが出ていったマユ家に住み始めます。カトリーヌやその兄弟たちと、毎晩同じ寝室で寝るようになりました。

そうこうしているうちに賃金の低下でマユ家の生活は厳しくなります。長女のカトリーヌは家を出てシャヴァルのもとへ行ってしまい、次男のジャンランは落盤事故で両足を骨折してしまいました。

エティエンヌは仲間から基金を集め、ストライキを決行します。ストライキは深刻になっていき、銃撃戦に発展。マユやベベール、リヂ、ムケ、ムケット、ラ・ブリュレ婆さん等が犠牲になりました。

それによってエティエンヌは犠牲になった仲間の家族達から罪に問われ、攻撃されます。

エティエンヌはかつて隣同士の部屋に住んでいたロシア人のスヴァリーヌより、過去を打ち明けられます。

アナキストであるスヴァリーヌは過去に故郷で皇帝を殺害するため、鉄道線路に地雷を仕掛ける仕事をしていました。しかし地雷によって吹っ飛んだのは皇帝の列車ではなく、旅客の列車でした。

男だったら人目につくからという理由で導火線に火をつけたスヴァリーヌの愛人は、モスクワの広場で絞首刑にされます。

その過去を持つスヴァリーヌは、エティエンヌと別れた後、一人になってからル・ヴォール坑の坑口を破壊しました。

ル・ヴォール坑の入り口が塞がれ、多くの炭坑夫が閉じ込められて、次々と亡くなっていきました。

カトリーヌと二人で脱出を試みたエティエンヌは、同じく閉じ込められたシャヴァルと遭遇します。揉み合いの末、エティエンヌはとうとうシャヴァルを殺害してしまいます。

シャヴァルの死体が水に流されてくる中、エティエンヌとカトリーヌはお互いの想いが通じて、初めて結ばれます。

しかし直後にカトリーヌは息絶えてしまいました。

ゾラ「ジェルミナール」の感想と考察 日本でももっと認知されてほしい

この作品がゾラの最高傑作と言われる所以が、読み進めるうちによく理解できました。

自然主義作家であるゾラの得意とするリアリティに溢れる人物、出来事の描写、そして作品を通じて炭坑の歴史や当時のフランス社会を垣間見ることができます。

炭坑の経営者側であるブルジョワ達と、貧困にあえぐ炭坑夫たちの生活の違いに驚かされました。

ラブストーリーでもあるので、ハラハラドキドキしながら楽しく読み進めることもできます。

個人的に注目すべきだと思った人物は、ラスヌールの経営するアヴァンタージュ軒で、エティエンヌの隣の部屋で暮らしていたスヴァリーヌです。

社会主義者であり、アナキストであり、政治亡命者であるスヴァリーヌは、エティエンヌに思想的な影響を与えていきます。

本作品の中で最も多くの人の命を奪ったであろうスヴァリーヌですが、アヴァンタージュ軒で放し飼いにされている雌兎のボローニュには無償の愛を注ぎ、そしてボローニュが肉にされて食べられてしまったことを知って涙を流す様子は、彼自身の人間に対する絶望を暗に示しているかのようです。

賃下げによってマユ一家の生活が窮迫していく様子は、長引く不況で賃金の低下に加え、円安と物価上昇の続く、これからの日本にも起こりうることだと感じました。

着る物や明日食べるものにも困り、家にあるものを次々と売らなければならなくなる生活は、今日のに日本において、決して他人事ではありません。

ストライキを起こすエティエンヌのような勇敢な人物がいれば状況は変わるかもしれませんが、市民革命の歴史を持つフランスと違い、現代の日本には一揆のような風習はなく、「出る杭は打たれる」社会です。それどころか支配者層に楯突いて権利を主張すれば、闇に葬られ兼ねてしまいかねません。

ヨーロッパを代表する作家ゾラの最高傑作と言われるこのジェルミナールが、「居酒屋」「ナナ」などの他の作品に比べていまいち認知されていないのは、ストライキが主題であることが関係しているのかもしれません。

日本ではなぜストライキの風習がないのか。ストライキを主題にした作品はなぜあまり普及しないのか。考えれば考えるほど闇が深いです。

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Ayacoライター
アラフォー独身おひとり様女。10代の時、世界文学を読み漁るうちに、日本の学校教育で教わる生き方との矛盾を感じる。進路に悩み、高校の普通科を1年で中退。 通信制高校に編入し、同時に大検(現在の高卒認定資格)を取得して美大へ入学。在学中にフリーランスのグラフィックデザイナーとして起業。その後、Web制作会社でディレクターとして勤務後、大手広告会社のライターを経て2度目の起業。 30代半ばに、美大へ進学するきっかけとなった、印象派時代のフランスの画家達が過ごした聖地を旅する。 地方在住のアラフォーになり、コロナ禍をきっかけに、学生時代からの夢であった、知的探究心の向くままに世界の文学に触れる日々を過ごしている。 オフィシャルサイトはこちら
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Ayacoライター
アラフォー独身おひとり様女。10代の時、世界文学を読み漁るうちに、日本の学校教育で教わる生き方との矛盾を感じる。進路に悩み、高校の普通科を1年で中退。 通信制高校に編入し、同時に大検(現在の高卒認定資格)を取得して美大へ入学。在学中にフリーランスのグラフィックデザイナーとして起業。その後、Web制作会社でディレクターとして勤務後、大手広告会社のライターを経て2度目の起業。 30代半ばに、美大へ進学するきっかけとなった、印象派時代のフランスの画家達が過ごした聖地を旅する。 地方在住のアラフォーになり、コロナ禍をきっかけに、学生時代からの夢であった、知的探究心の向くままに世界の文学に触れる日々を過ごしている。 オフィシャルサイトはこちら