ジャン・コクトー「恐るべき子供たち」あらすじと解説(ネタバレあり)弟を狂気の愛で支配する姉

フランスの芸術家ジャン・コクトーが1929年に発表した小説「恐るべき子供たち」。

詩人として有名なジャン・コクトーの小説を読んだのはこれが初めてでしたが、すごく面白かったです。小説を読み終えてからすぐに映画も観ました。

映画は1950年に製作され、日本では1976年に劇場公開されています。2021年10月、4Kレストア版でリバイバル公開されて美しい映像で観られるようになりました。

クリスチャン・ディオールが衣装デザインを担当し、映像や音楽の芸術性も高いので、とても見応えのある作品です。

映画で観たい方はAmazon Prime VideoAppleTVU-NextYouTubeでもご覧いただけます。

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この記事では作者のジャン・コクトーのプロフィールと、登場人物、ストーリーのあらすじ(ネタバレあり)をご紹介し、作品の見どころを解説させていただきます。

著者プロフィール

ジャン・モリス・ウジェーヌ・クレマン・コクトー

フランスの芸術家。詩人、小説家、画家、劇作家、評論家として活躍し、映画監督や脚本家としても活動。20世紀初頭の芸術分野において最も影響力のある一人とされている。

1889年、パリ郊外の裕福で社会的地位の高い家庭に生まれる。9歳の時、弁護士でアマチュアの画家である父が自殺。15歳の時に家を出て、19歳の時に最初の詩集である「アラジンのランプ」を出版。20歳頃から社交界での詩人としての知名度を上げ、その後、総合芸術としてバレエ作品を発表。サティやピカソと親交があり、1917年には彼らと手がけたバレエ「パラード」も発表した。以降、ジャンルを問わない芸術家として数々の作品を残している。

私生活では少年時代に男子への片思いを経験し、同性愛者であることを公言している。いくつかの作品においては男性間のエロティシズムが色濃く表現されている。

1963年、心臓発作で亡くなる。長年の友人であったフランスの女性歌手エディット・ピアフの訃報を聞いた直後に、彼女の後を追うようにしてこの世を去った。

代表作

小説

  • 大胯(おおまた)びらき(1923年)
  • 白書(1928年)
  • 恐るべき子供たち(1929年)

映画

  • 美女と野獣(1946年)
  • 双頭の鷲(わし)(1947年)
  • 恐るべき親達(1948年) 
  • オルフェ (1950年) 

他多数

ジャン・コクトー「恐るべき子供たち」の登場人物

・ポール
主人公でエリザベートの弟。14歳。病弱で青白い顔をしている。自分をいじめるダンジュロスに恋心を抱く。その後、ダンジュロスにそっくりなアガートに心を奪われる。

・エリザベート
主人公でポールの姉。16歳。ポールに似て黒い睫毛と濃い青い目、青白い頬と短い巻き毛をしている。ポールをかいがいしくお世話する。ポールと共にモンマルトルに住んでいる。

・ダンジュロス
コンドルセ高等中学の美少年。いじめっ子たちのリーダー格。校長の顔に胡椒をぶつけて退学となる。

・ジェラール
ポールの友人。未亡人だった母が彼を産んだ時に亡くなったため、ラフィット街の裕福な叔父に育てられ、その家に住んでいる。正義感に溢れており、ポールを守ろうとする。エリザベートのことが好きだったが、エリザベートの戦略によりアガートと結婚する。

・アガート
エリザベートが働き始めた洋裁店でマネキンとして働いている。コカイン中毒者の娘で、いじめ抜かれたが、両親はガス自殺してしまった。ダンジュロスと生き写しのように似ている。ポールに恋をするがジェラールと結婚する。

・ポールとエリザベートの母親
35歳。夫を亡くして未亡人になった後、元気な時に発作に襲われて体が麻痺し、病人になってしまった。エリザベートによる献身的な看病も虚しく亡くなる。

・ジェラールの叔父
独身で金持ちで好人物。ジェラールを育て、財産も譲ることになっていた。ジェラールとポールとエリザベートを海岸まで旅行に連れて行く。

・マリエット
ポールとエリザベートの世話をする看護婦で女中。ブルターニュ生まれで、ブルターニュで暮らしている孫を溺愛している。無学であったが目に見えないものを見通し、容易に子供の世界に入り込む。

・ミカエル
スポーツマン風の青年。アメリカ系のユダヤ人で大変な金持ち。エリザベートと結婚した直後に事故で急死してしまう。

ジャン・コクトー「恐るべき子供たち」のあらすじ(ネタバレあり注意)

自分をいじめる美少年ダンジュロスに恋をするポール

14歳の青白い顔をした病弱な少年ポールは、リーダー格の美少年のダンジュロスが率いる四人の生徒たちから雪をぶつけられ、怪我をして気絶してしまいます。

ポールは友人のジェラールに連れられて、学校から姉のエリザベートと母の待つ家に帰りました。

母親の看病をしているエリザベートは、ポールを医者に診てもらいます。医者が帰った後もエリザベートはポールをかいがいしく看病し、姉弟は、同じ身体の二つの手足のように、甲羅のような部屋の中で暮らしていました。

しばらく学校を休んでいたポールですが、エリザベートの看病の甲斐あって徐々に回復していきます。

しかしポールは、自分に怪我をさせたダンジュロスが校長の顔に胡椒をぶつけてコンドルセ高等中学を退学になったことを知り、ショックを受けます。ポールはダンジュロスに淡い恋心のような気持ちを抱いていました。ポールはダンジュロスの写真を宝物の中に加えます。

ポールがすっかり回復した頃、姉弟の母親が急死します。姉弟は途方に暮れてしまいますが、周囲の大人から家事をしてくれる看護婦マリエットを紹介してもらい、姉弟は再び二人きり暮らせるようになりました。

ポールの病は再発して長引き、ますます痛みが激しくなり、危険な病状になりました。

旅先で弟ポールと共謀して悪事を働く姉エリザベート

医者による面会謝絶の命令で見舞いに行けないジェラールは、自らの叔父を説得し、休暇中にポールとエリザベートを海岸へ連れて行くことにします。叔父は海岸行きを承知します。

旅先へ着いたらエリザベートとポールは、ジェラールの叔父の目を盗んで、さまざまな悪巧みを実行します。最初はホテルに訪れている家族連れの子供たちをおどかして恐怖をまきちらし、その遊びに飽きたら万引きをするように。姉弟は共謀して悪事を働きました。エリザベートは、このような泥棒ごっこで、ポールが心配な無気力になる傾向を立ち直らせたいと思っていました。

海から帰って以来、ポールは起きられるようになり、背も伸びて、もう病人の役割に甘んじなくなりました。

エリザベートは洋裁店で働き始め、ダンジュロスにそっくりの少女アガートと出会う

3年後、相変わらずエリザベートとポールは双生児の二つのゆり籠にいれられたように暮らし続けていましたが、ある日、エリザベートは仕事をしたいと言い始めます。

エリザベートは、ジェラールに彼の叔父の知り合いの洋裁店を紹介してもらい、そこでマネキンとして働き始めます。エリザベートはその洋裁店で同じくマネキンとして働いている、親のない子アガートと知り合います。すぐに二人は打ち解け、仲良くなりました。

アガートは、ポールが持っているダンジュロスの写真を見て「私の写真だ」と言います。実際、誰が見てもアガートはダンジュロスにそっくりでした。その時からポールの心はアガートに支配されました。

一方でジェラールはエリザベートに好意を持っていました。

エリザベートが大富豪ミカエルと結婚、しかしすぐに未亡人となる

ある日ポールは、スポーツマン風の青年が、エリザベートとジェラール、アガートを車に乗せて連れ去るのを目撃します。この青年はアメリカ系ユダヤ人のミカエルで、エリザベートと結婚したがっていました。

ミカエルはエリザベートに、エトワール広場の屋敷と、自動車と、財産を提供したのです。アガーともエリザベートについて行って一緒にその屋敷に住むことになりました。しかししばらくしてミカエルは事故で急死してしまいます。

遺産相続後、エリザベートはポールにミカエルの部屋をあてがい、ジェラールも一緒に四人で住み始めました。

アガートへの思いを募らせるポール、二人の仲を引き裂くエリザベート

四人で一緒に暮らすうちに、ポールはアガートへの恋心を募らせていきます。そしてポールはアガートに手紙を書くことを決意しました。

そしてアガートの方もポールに恋をしていて、その気持ちをエリザベートに打ち明けます。

エリザベートはポールにそのことを伝えに行くと言って部屋を出ます。

部屋に入ってきたエリザベートに、ポールは自分がアガートに向けて出した速達のことを訊きます。速達のことを知らなかったエリザベートに、ポールは自分がアガートに恋をしていることも全て打ち明けました。

アガートは速達を探します。速達は、ポールが間違えて自分宛に出していたため、玄関に置いたままでした。エリザベートが封を開けて見たのは、ポールがアガートへの恋心を伝える内容でした。

エリザベートはその手紙を粉々に破いて痕跡を消します。そしてエリザベートはポールに、速達はアガートの部屋に置きっぱなしになっていたと伝えます。

そしてエリザベートはジェラールに「アガートはあなたに恋をしている」と伝え、ジェラールとアガートを結婚させます。

ダンジュロスから受け取った毒薬で自殺を図るポール、弟をあの世まで追いかける姉

アガートと結婚したダンジュロスは久々にダンジュロスに会ったことをポールに伝え、ダンジュロスから「ポールに渡してくれ」と預かった毒薬をポールに渡します。

ある日、髪を振り乱したアガートが玄関に飛び込んできて「ポールは?」と叫びます。ポールはアガートに毒薬を飲むという手紙を送っていました。

看病するアガートにポールは最初に送った速達の真相を伝えました。彼らはやっと、二人の仲を引き裂いたのはエリザベートの仕業だと分かりました。

ポールは姉に「けがらわしい悪魔!」と怒鳴ります。エリザベートは自らのこめかみに銃口を当てて引き金を引き、自殺します。しばらくして毒の回ったポールも息を引き取りました。

感想と解説・考察

自分をいじめる美少年ダンジュロスに同性愛の恋をするポールと、そのポールを近親相姦的な愛情で支配する姉のエリザベート。そして二人の友人であるジェラールとアガートによる愛憎劇です。

エリザベートの弟ポールに対する狂気とも言える愛情と支配が恐ろしくもスリリングで、人間の鬱々とした感情が表現された、いかにもフランスらしい作品です。

ダンジュロスにそっくりなアガートに恋をするポール、両思いの二人を姉のエリザベートは引き裂きます。愛する弟ポールをアガートに取られるのではないか危惧して。

ポールはアガートへの恋が実らなかったことに絶望し、ダンジュロスから受け取った毒薬を飲んで自殺を測ります。死を間近にしたポールは全ての真実を知り、ようやくアガートと思いが通じ合います。

命を失おうとしているポールを、自らに銃口を向けることで、あの世まで追いかけるエリザベート。姉弟の遺体を前に、アガートは何を思ったのでしょうか。

映画版では姉弟が一心同体のように生活する様子がリアルに演じられており、支配的な姉エリザベートと、姉に依存する弟ポールの関係性が変化していく様子を見ることができます。

この作品を通じて、人間の誰もが持つであろう支配欲、腹黒さ、残酷さ、そして狂気的な愛を垣間見ることができます。

支配的で策略家のエリザベートは恐ろしいと思いましたが、エリザベートの心情が理解できる自分も、きっと心の中に醜いものを持っていると感じました。その醜いものが入っているパンドラの箱を開けられたような作品です。

冒頭の雪合戦ではダンジュロスの投げた雪の「白い玉」によってポールは血を吐いて倒れ、結末ではダンジュロスに渡された麻薬の「黒い玉」によってポールは命を奪われます。

美少年のダンジュロスが美少女アガートの姿になり、同じくポールを魅了します。

本書のあとがきでは次のように書かれてあります。

このような人物関係はこの小説ではレース編みのような対照的イメージや反復するイメージによって美しい模様を織りなしている。

これも芸術家ジャン・コクトーならではの表現力と言えるでしょう。

 

小説版はこちらからお読みいただけます。

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Ayacoライター
アラフォー独身おひとり様女。10代の時、世界文学を読み漁るうちに、日本の学校教育で教わる生き方との矛盾を感じる。進路に悩み、高校の普通科を1年で中退。 通信制高校に編入し、同時に大検(現在の高卒認定資格)を取得して美大へ入学。在学中にフリーランスのグラフィックデザイナーとして起業。その後、Web制作会社でディレクターとして勤務後、大手広告会社のライターを経て2度目の起業。 30代半ばに、美大へ進学するきっかけとなった、印象派時代のフランスの画家達が過ごした聖地を旅する。 地方在住のアラフォーになり、コロナ禍をきっかけに、学生時代からの夢であった、知的探究心の向くままに世界の文学に触れる日々を過ごしている。 オフィシャルサイトはこちら
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アラフォー独身おひとり様女。10代の時、世界文学を読み漁るうちに、日本の学校教育で教わる生き方との矛盾を感じる。進路に悩み、高校の普通科を1年で中退。 通信制高校に編入し、同時に大検(現在の高卒認定資格)を取得して美大へ入学。在学中にフリーランスのグラフィックデザイナーとして起業。その後、Web制作会社でディレクターとして勤務後、大手広告会社のライターを経て2度目の起業。 30代半ばに、美大へ進学するきっかけとなった、印象派時代のフランスの画家達が過ごした聖地を旅する。 地方在住のアラフォーになり、コロナ禍をきっかけに、学生時代からの夢であった、知的探究心の向くままに世界の文学に触れる日々を過ごしている。 オフィシャルサイトはこちら