「月と六ペンス」サマセット・モーム あらすじと感想 ゲスい生き方は才能を開花させる!?

今日ご紹介させていただくのは、画家ポール・ゴーギャンの人生をモデルにした、サマセットモームの「月と六ペンス」です。

私は将来の進路に迷っていた16歳の頃、この本を読んで頭をガーンと殴られたような衝撃を受けました。

こんなに自由に生きてもいいんだ!と。

美術の道に進みたいと思ったきっかけもこの本です。

後悔しない人生のために、思いのままに生きる。その孤独な旅を綴ったストーリー、大人になってからも、生きる方向性に迷った時は、何度か読み返しています。

「月と六ペンス」のあらすじ

平凡な中年で株式売買人のストリックランドは、妻子を捨ててパリへ出ます。

芸術的な創造欲のために友人の愛妻を奪った挙句、その愛人を自殺させてしまいます。

その後、ストリックランドはタヒチに逃げ、土人の若い女と同棲し、宿病と戦いながら、人間の魂を根底からゆすぶる壮麗な大壁画を完成させたのちに、火を放ちます。

ゴーギャンの伝記に暗示を得て、芸術にとりつかれた天才の苦悩を描き、人間の通俗性の奥にある不可解性を追求した作品です。

翻訳者について

1919年に出版された「月と六ペンス」は、最初の訳書は中野好夫訳で、1940年に中央公論社(現代世界文学叢書)の一冊で刊行されたそうです。

戦後は新潮社「全集」、新潮社文庫で刊行され、多数重版しました。2014年には翻訳者が中野好夫氏から金原瑞人氏に代わっています。

その他、厨川圭子、阿部知二、龍口直太郎、北川悌二、大岡玲で翻訳刊行され、2000年以降に刊行された原稿版は、行方昭夫訳の岩波文庫と、土屋政雄訳の光文社古典新訳文庫があります。

私の手元にあるのは新潮文庫の中野好夫氏訳の作品で、なんと昭和47年に発行された27刷で、今は絶版となっている古い本です。

私が持っているのはこれ↓

たしかに言葉遣いは少し昔の日本語だと感じますが、当時の時代背景に対する臨場感のある文章で、特に読みにくさは感じませんでした。

いろんな翻訳者さんの作品を読み比べてみるのも楽しいかもです。

 

感想(ゲスい生き方は才能を開花させる!?)

実際のゴーギャンの半生と相違点はあれど、自分の心の奥底からの欲求に忠実に生きる、自由な生き方は、ゴーギャンとストリックランドに共通している点です。

株式売買人であったゴーギャンも、36歳からずっとヒモ生活でした。

妻と5人の子供がいるにもかかわらず、妻が働いて得たお金で世界を旅をしながら絵を描き、お金を使い過ぎて旅先で破産し、強制帰国になって帰る途中、下船した島で生活します。

伯父の莫大な遺産が入ってきても妻には渡さず、絵が売れて成功したら、ずっと支えてくれた妻とは別れ、53歳で14歳の少女と再婚して子供を作ったそうです。

そんなゴーギャンの半生はストリックランドに重なります。

今の日本にいたら刺されそうな生き方ですが、そんなゲスい生き方だから、ゴーギャンは独自の才能を開花させたのでしょう。

他人の才能を開花させたいなら、他人に忖度したり、他人の目を気にしている場合ではない。

そんなことを、高校生になったばかりで迷いに迷っていた私に教えてくれたのが、この「月と六ペンス」です。

当時この本を読んだおかげで、自分が本当に何をしたいか、自分の人生を真剣に考え、親の反対を振り切って、自分が心から望む道へと進むことができました。

ゴーギャンとモームに、1世紀以上の時を経て感謝したいです。

私自身も、1世紀以上の時を経た人類の子孫たちへ人生の道標を照らし、感謝されるような、そんな仕事をしたいです。

 

Ayacoライター
アラフォー独身おひとり様女。10代の時、世界文学を読み漁るうちに、日本の学校教育で教わる生き方との矛盾を感じる。進路に悩み、高校の普通科を1年で中退。 通信制高校に編入し、同時に大検(現在の高卒認定資格)を取得して美大へ入学。在学中にフリーランスのグラフィックデザイナーとして起業。その後、Web制作会社でディレクターとして勤務後、大手広告会社のライターを経て2度目の起業。 30代半ばに、美大へ進学するきっかけとなった、印象派時代のフランスの画家達が過ごした聖地を旅する。 地方在住のアラフォーになり、コロナ禍をきっかけに、学生時代からの夢であった、知的探究心の向くままに世界の文学に触れる日々を過ごしている。 オフィシャルサイトはこちら
ABOUT US
Ayacoライター
アラフォー独身おひとり様女。10代の時、世界文学を読み漁るうちに、日本の学校教育で教わる生き方との矛盾を感じる。進路に悩み、高校の普通科を1年で中退。 通信制高校に編入し、同時に大検(現在の高卒認定資格)を取得して美大へ入学。在学中にフリーランスのグラフィックデザイナーとして起業。その後、Web制作会社でディレクターとして勤務後、大手広告会社のライターを経て2度目の起業。 30代半ばに、美大へ進学するきっかけとなった、印象派時代のフランスの画家達が過ごした聖地を旅する。 地方在住のアラフォーになり、コロナ禍をきっかけに、学生時代からの夢であった、知的探究心の向くままに世界の文学に触れる日々を過ごしている。 オフィシャルサイトはこちら