ドイツ文学を代表するヘルマン・ヘッセの小説「青春は美わし」をご紹介します。
「美し」と書いて「うるわし」と読みます。
「青春は美わし」と「ラテン語学校生」の2つの短編が収録されたこの作品は、1916年に刊行されました。
すでに始まっていた第一次世界大戦の影響を受け、ヘッセ自身の言う「世界と良い平和の中に生きていた」時代から、精神的危機の時代へと移り変わる中での作品です。
それは、作品中に出てくる主人公の母が、信仰を持つことの重要性を主人公に説く場面にも表れています。
この記事では、本書に収められている「青春は美わし」のストーリー要約(ネタバレあり)と、感想と考察をお伝えさせていただきます。
目次
著者プロフィール
ヘルマン・ヘッセ(Hermann Karl Hesse)1877年7月2日 〜1962年8月9日
1877年南ドイツ・シュワルツワルトの山間の町カルプに生まれる。マウルブロンの神学校を中途退学し、機械工、本屋などを転々としながら独学で執筆を続け、27歳の時に書いた作品「郷愁」で、世の中に名を知られるようになる。
それからまもなくして9歳年上の女性と結婚し、3人の子供をもうける。
原始的な田園生活を送る中で、自伝小説「車輪の下」と音楽家小説「春の嵐」「青春は美わし」をはじめとする以下たくさんの中短編と、詩とエッセイを創作。
1919年「デミアン」の執筆以降、作風が一変。第一次世界大戦などの影響でヘッセは強い精神的危機を経験する。
世界大戦時に平和を唱えていたヘッセの作品は、ナチス政権から好ましくないとされてドイツ国内での割り当てを禁止され、苦境に立たされる。1924年、スイス国籍を取得して在住。1946年ノーベル文学賞受賞。
「青春は美わし」の登場人物
・ヘルマン
主人公の青年。実家を離れて仕事をしている。数年ぶりに家族が暮らす故郷へ帰ってきた。
・フリッツ
ヘルマンの弟。子供の頃はヘルマンによく泣かされていたが、今ではヘルマンと同じぐらい背が高くなった。あごのまわりにはもうブロンドの柔らかいうぶ毛のひげが生え始めている。花火が趣味。
・ロッテ
ヘルマンの妹。ピアノを弾く。
・ヘレーネ・クルツ
ヘルマンが昔、恋した恋したことのある少女。高く背が伸びて、ほんとうに美しくなっていた。町の人と婚約したことはヘルマンを失望させた。
・アンナ・アンベルク
ロッテの二つ年上の女友達。女教師の試験には通ったが先生にはならなかった。特に美しくないことは、多少ヘルマンを失望させたが、顔にも声にも感じのよいところがあって、ヘルマンは気に入った。最終的にヘルマンが恋する女性。
・リディアおばさん
80歳の大叔母。目の近いことと、頭のかすかに震えることを除いては、彼女は驚くほど生き生きしていて若い。
他にヘルマンの両親と、マテーウスおじさん、ベルタおばさんとその二人の娘(ヘルマンの従姉妹たち)、女中クリスチーネ、オウムのポリーなどがストーリーに登場します。
「青春は美わし」のあらすじ(ネタバレあり)
故郷を離れて働きに出ていた青年ヘルマンは、休暇中、数年ぶりに家族の住む故郷へ電車で戻って来ます。
両親に心配させた内気な子として出て行った故郷に、彼は紳士として戻って来ました。
すぐに大きくなった弟と妹、そして両親がヘルマンを温かく迎えます。
しばらくしてからヘルマンは母とテーブルに向かい合ってこしかけ、母から様々な質問を受けます。
信仰深い母からの質問は、ヘルマンにとって、温かくも緊張する時間でした。
夕食後、廊下で聞き覚えのある少女の声がしました。それはヘルマンがかつて恋をしていたヘレーネ・クルツでした。彼女は背が伸びて本当に美しくなっていました。
翌朝、ヘルマンは一番いい服を着て町を歩き、マテーウスおじさんの家を訪ねます。ここでもヘルマンはおじさん、ベルタおばさんに歓迎され、さまざまな質問を受けます。
マテーウスおじさんの家を出て自宅に戻ったヘルマンは、フリッツやロッテと遊びつつ、おしゃべりにやってきたヘレーネ・クルツへの淡い恋心を募らせていきます。
数日後、妹ロッテの2歳年上の女友達アンナ・アンベルクが電車で町に到着しました。ヘレーネほど美しくはないものの、声も顔も感じが良く、ヘルマンは気に入ります。アンナもヘルマンには遠慮せず、ヘレーネとも打ち解けていきます。
しばらくしてからヘルマンは、ヘレーネに婚約者がいることを知ってショックを受けます。
落ち込んだ日々を送っていたら、ある日、ヘルマンの家の前に曲馬師がやってきます。それがきっかけで陽気さを取り戻そうと、ヘルマンはヘレーネとアンナを誘い、晩の興行へ向かいました。
フリッツも加わってはしゃいでいるうちに、ヘルマンはだんだんと自分の気持ちがアンナに移っていくことに気づきます。
そうするうちにいよいよ休暇の最終日を迎えました。午後の散歩でヘルマンは、アンナとロッテを美しい森へ連れて行きます。ロッテに用事を頼み、アンナと二人きりになった時、ヘルマンはアンナに自分の気持ちを伝えようとします。
作品中に出てくる格言
ヘルマン・ヘッセの小説には、要所要所に格言が登場します。私たち現代人にも役立つ内容ですので取り上げさせていただきます。
主人公ヘルマンの母がヘルマンに伝えた言葉
おまえはしだいに、信仰がなくては生きていけないことを、自分で知るでしょう。知識はまったくなんの役にも立たないんだからね。
人間には信頼と安心とが必要なんだよ。教授とか、ビスマークとか、そのほかのだれかのところに行くより、救世主のところに行くほうが、いつだってまさっているんです。
けれど、静かに安心して死ぬことができたとすりゃ、それは賢かったからではなく、心持ちも良心も清かったからだよ。
信仰というものは、愛と同様、分別によるものじゃありません。だが、いつかは、分別だけですべてに間に合うものではないということが、おまえにもわかるでしょう。
いずれも信仰の大切さを伝える言葉です。第一次世界大戦が始まり、ヘルマン・ヘッセが心の拠り所を求めていたことが窺い知れます。
ヘッセ自身の言葉
すべての美しいものは、 甘美きわまるものでも、一時のものにすぎず、一定の終点があるように、思い出の中で私の全青春の幕を閉じているように見えるこの夏も、一日一日と消えて行った。
古き良き思い出が第一次世界大戦によって失われていく儚さを伝えています。仏教の法句経にある「世の中を泡沫の如く、陽炎の如くと見よ。」にも通ずるものがあります。
感想と考察
青春は一瞬の美しい思い出、一生の宝物
ヘルマン・ヘッセの小説は言葉の一つ一つがガラス細工のようにキラキラしています。
この「青春は美わし」は、ヘッセが39歳の時に刊行された、ヘッセが得意とする故郷をテーマにした小説です。
第一次世界大戦が過酷化する中、過ぎ去った美しい故郷の思い出を、豊かな自然描写とともに伝えています。
ヘッセと同じく自然の多い田舎に故郷を持つ私は、都会に出てから数年のちに帰郷した時の心境に共感できました。故郷の家族や旧友との関係も時間とともに変化していくものですので、切り取られた一瞬の素晴らしい時間は、まるで輝く宝物のようです。
休暇中に過ごす故郷で初恋の女性と再会し、失恋し、そして新たな恋が始まる、まさに「ひと夏の青春」が描かれています。
美しい文章表現とストーリー、そして温かな家族愛に触れて、心が浄化されました。
日常の喧騒から離れて癒されたい方は、好奇心に満ち溢れた若い頃を思い出すことで、ご自身の青春時代にタイムスリップできるかもしれません。
本書に収録されているもう一つの作品、「ラテン語学校生」も、初恋をテーマにした青春小説です。少し変りもので、むきになりやすかったヘッセのおもかげが表現されています。こちらもみずみずしい文体で楽しめますので、あわせてご覧になってみてください。
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