バルザック「ゴリオ爺さん」あらすじ・名言・解説 パリ社交界の光と闇から読み解くお金と愛の真理

今回ご紹介させていただくのは、19世紀フランスを代表する作家バルザックの長編小説「ゴリオ爺さん」です。

パリ社交界での成功を目指す、南仏からパリへ出てきたばかりの学生ラスティニャック。社交界の華である二人の娘に大金を貢ぎ続けるゴリオ爺さん。二人は同じ安下宿で生活を共にします。

彼らを取り巻く人々の人間模様から、人の腹黒さ、愛の儚さなどを垣間見ることができる、とても面白く引き込まれるストーリーでした。

登場人物たちが織りなす数々の巧妙な取引は、まさに「人間喜劇」と言えるでしょう。

その物語を生み出した作家のバルザック自身の人生も、まるで小説のように波瀾万丈です。

バルザックの生涯とともに、本作品を解説させていただきます。

著者プロフィール

オノレ・ド・バルザック Honoré de Balzac (1799年〜1850年)
19世紀フランスの代表的な小説家。「人間喜劇」を得意とし、90編に及ぶ短編・長編の小説を執筆した。彼の写実的な作風はトルストイやドエトフスキーなどの19世紀ロシア文学の先駆けとなった。同じく19世紀フランスを代表する作家ヴィクトール・ユゴーや、アレクサンドル・デュマの親友でもある。

小説のデモクラシー時代を代表する作家

バルザックの生きた19世紀のヨーロッパは識字率が飛躍的に向上し、活字メディアが活性化した世紀といっても過言ではありません。ジャーナリズムの発展や印税システムの整備のおかげで、従来のようにパトロンに頼る必要なく、筆一本で小説やエッセイを書いて生活できる作家が現れ始めます。

こうした世紀を代表する作家がオノレ・ド・バルザックです。まるで小説のように波乱万丈な彼の生涯を辿ってみましょう。

母親の愛情に飢えた幼少時代

トゥールで生まれたバルザックは幼少期からあまり母親に愛されず、生後間もない頃にトゥール近郊に住む乳母に預けられたそうです。その後、寄宿学校へ。少年時代に母親が面会に訪れたのは2回だけでした。

バルザックの女性遍歴の多さや、借金、健康問題に苦しんだ人生は、母親からの愛情の欠乏に起因していると言えるかもしれません。

起業の失敗で多額の借金生活へ

パリ大学法学部に入ると同時に代訴人事務所で見習いとして働いていたバルザックは、文学者になる志望を捨てきれず、大学を中退します。そして小説や芝居を書くものの芽が出ず、とりあえずビジネスで充分に稼いでから、安心して文学に専念しようと目論みます。

出版に関するビジネスに踏み切るものの、借金と在庫を残して失敗に終わります。その後さらに借金を重ね、結局バルザックが亡くなるまで彼の借金人生は続きます。

まるで小説のような彼の人生は、決して綺麗事ではない生きることの厳しさを物語っており、そのリアリティは彼の作品からも伝わってきます。

作家の権利を守るべく闘う

起業の失敗からバルザックは「筆一本で稼ぐ」という初心に返ります。そして人間喜劇作家として名を馳せました。

しかしながら彼は、海賊版の横行や貸本屋などにより、著作の利益が損なわれている現実に直面します。読書の民主化の世紀を迎えたのに、それを支えるシステムが整わず、生活は依然として苦しいままでした。

バルザックは海賊版や貸本屋などの著作権を侵害する存在と闘うべく、作家たちによる「文芸家協会」の二代目会長として、法定闘争を行い、奮闘しました。

大食いが原因で晩年は健康問題に苦しむ

バルザックはコーヒーをたくさん飲み、夜に長時間にわたって執筆を行っていたそうです。執筆を終えたらすぐに社交界に顔を出し、ご馳走をたらふく食べて、知人と楽しく過ごしていました。

不健康な生活と大食いによる糖尿病で、晩年は失明や、死因となった腹膜炎を引き起こしたとされています。

豪快な食生活は莫大な借金など、刹那的かつ自暴自棄とも言える側面は、幼少期に母親から愛されなかった欠乏感が原因になっているのかもしれません。

結局、彼の作った莫大な借金は、彼自身によって精算されず、晩年に結婚した唯一の妻、ポーランド亀卜の未亡人ハンスカ伯爵夫人の財産で補填されました。

代表作

  

「ゴリオ爺さん」の登場人物

・ウジェーヌ・ド・ラスティニャック
家族の期待を一身に背負ってフランス中西部のアングレームから上京し、法律を学びにパリ大学に通う田舎貴族の息子。大世帯である実家は彼に年1200フランの仕送りをするために極めて厳しい倹約生活を強いられていた。

・ゴリオ爺さん
1813年に裕福な年金生活者としてヴォケール館に移り住むも、溺愛する二人の娘に身分違いの結婚をさせて金を貢いだためにすっかり落ちぶれてしまった元製麺業者。

・ヴォケール夫人
7人が下宿するヴォケール館を仕切る女主人。「不幸を重ねた女の風情」を感じさせる50がらみの女。

・ポワレ
平役人として勤め上げた老人。

・ミショノー
干からびたような年配の未婚女性。彼女の密告によるヴォートランの逮捕で政府から3000フランの報酬を手にする。

・ヴィクトリーヌ・タイユフェール嬢
金満家の父親に認知してもらえない若くて不幸な女。ラスティニャックに片思いをしている。

・フレデリック
ヴィクトリーヌの兄。決闘で剣でヴォートランの友人に頭を突かれて亡くなる。

・クチュール夫人
共和国軍の支払命令館だった男の戦争寡婦。母親代わりとしてヴィクトリーヌの面倒を見ている。

・ヴォートラン
独身の40ぐらいの中年男。自らを元仲買人と称するが、実際はトゥーロンの徒刑場から脱走した脱獄囚。別名トロンプ・ラ・モール。

・ビアンション
ラスティニャックの友人で医学生。ヴォケール館には食事のためだけに通う。

・ボーセアン子爵夫人
ラスティニャックの従姉でパリ社交界の華。

・アナスタジー・レストー
ゴリオ爺さんの長女。レストー伯爵夫人。長身で実に見栄えが良く、パリで最もスタイルが良いと言われている女性。

・デルフィーヌ・ニュッシンゲン
ゴリオ爺さんの次女。銀行家ニュッシンゲンに嫁いだ美人。夫が自由になるお金をくれないため借金がある。

・アジュダ伯爵
ボーセアン夫人の恋人だったが、ボーセアン夫人を裏切って若きロシュフィール嬢と結婚する。

・クリストフ
ヴォケール館で力仕事をする下男。

「ゴリオ爺さん」のあらすじ(ネタバレあり)

パリのカルティエ・ラタンにある寂れた下宿や「ヴォケール館」では、七人の下宿人が暮らしていました。

平役人として勤め上げた老人ポワレと、干からびた年配の未婚女性ミショノー、南仏から上京し、パリ大学に通う学生のラスティニャック、若くて不幸な女ヴィクトリーヌと、彼女の世話役を務める戦争寡婦のクチュール夫人、元仲買人を自称する謎の中年独身男ヴォートラン、元製麺業者の年金生活者ゴリオ爺さん。そしてこの七人の生活を仕切るのが下宿の女主人、ヴォケール夫人です。

学生のラスティニャックは、叔母の紹介でパリ社交界の華ボーセアン夫人の舞踏会へ招かれます。そこで出会った目を見張るほどの美女レストー夫人にラスティニャックは惹かれます。

実はレストー夫人はラスティニャックが下宿で生活を共にするゴリオ爺さんの長女であることが発覚します。

ボーセアン夫人の家でラスティニャックは、パリ社交界での後ろ盾を得るため、レストー夫人の妹で銀行家のニュッシンゲンに嫁いだデルフィーヌと仲良くなった方が良いとアドバイスされます。また、ボーセアン夫人が恋人アジュダ侯爵の結婚話で苦しんでいることを知ります。

社交界での付き合いにはお金が必要とのことで、ラスティニャックは田舎の母や妹に手紙を書いて軍資金を調達します。

見栄えが良くなったラスティニャックを見て、下宿で生活を共にする謎の中年独身男ヴォートランは、ラスティニャックに禁断の提案をします。

それは、ヴォケール館でラスティニャックに心を寄せるヴィクトリーヌと結婚することでした。

ヴィクトリーヌには資産家の父親がいますが、ヴィクトリーヌはその父親に認知してもらえず、父親の財産は兄のフレディックに渡る予定です。ヴォートランは友人の力を借りて、この兄フレディックが決闘で死ぬように働きかけるとラスティニャックに告げました。無事にラスティニャックがヴィクトリーヌと結婚できたら、ヴィクトリーヌの莫大な持参金の一部をヴォートランに支払う取引の提案です。

ラスティニャックは恐ろしくなり、この提案を拒絶します。ラスティニャックに悪魔の取引を提案してきたヴォートランは、実は指名手配をされている脱獄囚トロンプ・ラ・モールでした。

デルフィーヌはラスティニャックに全財産の100フランを渡し、カジノで増やせないか頼みます。見事に100フランを7000フランにまで増やしたラスティニャックに、デルフィーヌは夫から自由になるお金を与えられず、借金があることを告白します。ラスティニャックは美しいデルフィーヌに惹かれて、二人は恋人同士になります。

ヴィクトリーヌの兄フレディックの決闘が翌日であることを知ったラスティニャックは、フレディックがヴォートランの友人によって殺されないよう、フレディックとヴィクトリーヌの父のところへ警告に行こうとします。

しかしその試みがヴォートランの知るところとなり、ラスティニャックと、相談相手であったゴリオはヴォートランに睡眠薬入りのワインを飲まされ、眠らされます。

ラスティニャックとゴリオ爺さんが眠っている間に決闘が行われ、フレディックは剣で頭を突かれて命を落としてしまいます。これによりヴィクトリーヌに父の莫大な財産が入ってくることが決定しました。

直後にヴォートランは、下宿人ミショノーの密告により逮捕されます。

ラスティニャックはデルフィーヌが父親のゴリオ爺さんに1000フランを出させて用意させたアパルトマンへ向かいます。そこでラスティニャックとデルフィーヌ、ゴリオ爺さんは一緒に生活を始めます。

ゴリオが退去予定のヴォケール館にいると、その部屋にデルフィーヌが駆け込んできました。夫のニュッシンゲンがデルフィーヌの財産も事業に注ぎ込み、破産寸前であることをゴリオに告げます。そこに姉のレストー夫人(アナスタジー)も駆け込んできて、愛人のために借金を重ねた窮状を訴えます。ゴリオはすでに無一文でした。ラスティニャックはは手元にあったヴォートラン宛に振り出した手形をゴリオ宛1万2000フランと裏書きしてアナスタジーに渡します。

ゴリオは痴呆状態となって眠り込み、やがて危篤状態となります。しかしながらアナスタジーもデルフィーヌも父の最期には立ち合おうとはしませんでした。

ボーセアン夫人の恋人アジュダ侯爵は若きロシュフィール嬢と結婚。これを知ったボーセアン夫人は、社交界から好奇の目に晒されながら、パリを去り、ノルマンディーの片隅に隠遁することをラスティニャックに打ち明けます。

やがてゴリオは息を引き取ります。

ラスティニャックは医学生の友人ビアンションと協力して埋葬の手続きを行い、ヴォケール館の下男クリストフとともにゴリオを見送ります。

そして墓地から社交界が息づくパリを見下ろし「次はおれが相手だ」と、ニュッシンゲン夫人の屋敷へと向かいました。

作品中に出てくる名言

すべてヴォートランがラスティニャックに語った言葉です。バルザック自身の事業家としての人生訓と言えるのかもしれません。

この世の事象をよくよく検討した結果、この世で取るべき立場はふたつ、馬鹿になって服従するか、反抗するかのふたつしかないと知っている人間だ。

きみはひとがどうやって出世の道を切り開くか知っているか? 才能を 閃かせるか、さもなければ汚い手を使うのさ。大砲の弾のようにこうしたひと混みの中に飛びこんでいくか、さもなければペストのようにそっと忍びこむ必要があるんだ。正直さなんてなんの役にも立たない。ひとは才能ある人間の力の前に 平伏すが、一方でそいつを憎み、必死になって中傷する。なぜならそいつがすべてを独り占めにするから。

つまりね、きみがいますぐ出世するつもりなら、すでに金持ちであるか、あるいはそんななりをしてないといけない。

原理なんてない。あるのは事態だけだ。法則なんてない。あるのは状況だけなんだ。優れた人間ってのは事態と状況に適応する。そいつを操作するためにね。もし確固とした原理や法則なんてものがあったら、国民だってシャツでも着替えるみたいに気軽にそれを取り替えたりはしないだろう。

偉大になりたい、あるいは金持ちになりたいと望むことは、突き詰めれば、噓をつき、服従し、へつらい、自分を殺し、おもねり、自分を偽ることにならないか? 噓をつき、服従し、へつらった人間たちの召使いになることに同意することにならないか? まず奉仕しなければ、仲間にはなれまい。

感想と考察

フランス文学が面白いのは、首都のメインストリートが一つしかないことも理由の一つかもしれません。限られた場所に凝縮された人間喜劇から、人間心理を奥深くまで洞察することができます。

19世紀前半のフランスは、従来の非現実的なロマン主義から脱して、社会と人間をありのままに描く写実主義文学が始まりました。その皮切りとなったのが、バルザックやスタンダールです。その後、「ボヴァリー夫人」を発表したフローベルが写実主義の大成者となりました。

バルザックらが創始した写実主義を継承し、さらに社会の矛盾を鋭く突く作家として、エミール・ゾラをはじめとする自然主義作家が登場したのが19世紀後半です。

バルザックの代表作「ゴリオ爺さん」は、19世紀前半パリ社交界の様子を楽しめる古典文学作品として読み始めましたが、読み進めるうちに、現代社会でも役立つ真理が伝えられている作品だと感じました。

私は起業して10年以上自分でビジネスをしているので、世の中、綺麗事だけでは生きていけないことを実感しています。

特に脱獄囚ヴォートランが、学生ラスティニャックに「出世してお金持ちになる方法」を解く場面は、現代のビジネス書さながらのノウハウにも思えました。

これはおそらく、実業家として様々な事業に手を出し、そして何度も辛酸をなめてきたバルザックが、過去の自分に言い聞かせたいことではないでしょうか。

私も地方から東京に上京し、学生時代から実業界の人々と関わってきた中で、バルザックが描いたパリ社交界同様の人々の腹の探り合いや騙し合いも数多く見てきました。

本作品の中で唯一の純粋さは、ゴリオ爺さんの二人の娘たちに対するひたむきな愛です。

しかしその愛も娘たちには届かず、結果的にどちらの娘もゴリオ爺さんの最期に立ち会うことはありませんでした。

その救われなさこそが、バルザックが最も伝えたかった真実と言えるのかもしれません。

あまり人を信じすぎず、人に期待しすぎない方が、楽に生きていけるのかもしれないと感じさせられる、満足度の高い作品でした。

お金を稼ぐことに興味のある人や起業している人、お金で人の心理はどのように変わるのかを知りたい人に、ぜひ読んでいただきたい名作です。

 

Ayacoライター
アラフォー独身おひとり様女。10代の時、世界文学を読み漁るうちに、日本の学校教育で教わる生き方との矛盾を感じる。進路に悩み、高校の普通科を1年で中退。 通信制高校に編入し、同時に大検(現在の高卒認定資格)を取得して美大へ入学。在学中にフリーランスのグラフィックデザイナーとして起業。その後、Web制作会社でディレクターとして勤務後、大手広告会社のライターを経て2度目の起業。 30代半ばに、美大へ進学するきっかけとなった、印象派時代のフランスの画家達が過ごした聖地を旅する。 地方在住のアラフォーになり、コロナ禍をきっかけに、学生時代からの夢であった、知的探究心の向くままに世界の文学に触れる日々を過ごしている。 オフィシャルサイトはこちら
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Ayacoライター
アラフォー独身おひとり様女。10代の時、世界文学を読み漁るうちに、日本の学校教育で教わる生き方との矛盾を感じる。進路に悩み、高校の普通科を1年で中退。 通信制高校に編入し、同時に大検(現在の高卒認定資格)を取得して美大へ入学。在学中にフリーランスのグラフィックデザイナーとして起業。その後、Web制作会社でディレクターとして勤務後、大手広告会社のライターを経て2度目の起業。 30代半ばに、美大へ進学するきっかけとなった、印象派時代のフランスの画家達が過ごした聖地を旅する。 地方在住のアラフォーになり、コロナ禍をきっかけに、学生時代からの夢であった、知的探究心の向くままに世界の文学に触れる日々を過ごしている。 オフィシャルサイトはこちら