スタンダールの「赤と黒」は、19世紀前半、七月革命直前のフランスが舞台の長編小説です。まるで少女のような容貌を持つ主人公の青年ジュリヤンは、その美貌と卓越した記憶力を武器に、貴族階級へ転身を図ろうとします。しかしながら彼の野心とは裏腹に、結末は儚いものでした。
この記事では映画版の感想と、小説版の登場人物紹介、あらすじ(ネタバレあり)、考察をお伝えします。
目次
映画版の感想 ジュリヤン役のジェラール・フィリップがイケメン
スタンダールの「赤と黒」は、映画版もおすすめです。主人公ジュリヤン役の俳優は「フランス映画史上最も愛された天折のスター」と呼ばれるジェラール・フィリップ。とにかくイケメンです。19世紀パリ社交界の華やかさを体感できる美しい映像をデジタル・リマスター版で楽しむことができます。
当然ながら小説版からはところどころ端折られています。ラ・モール嬢マチルドの妊娠・出産は、映画版ではカットされていました。監獄で過ごす最後の日々に登場するのもレナール夫人のみです。
しかしながら小説に登場するヴェリエールやブザンゾンの美しい景色、またパリでのダンスパーティーシーンは、見ているだけで心が躍ります。
フランス映画がお好きな方にはぜひご覧いただきたいです。
作者スタンダールのプロフィール
スタンダール(Stendhal、1783年1月23日 – 1842年3月23日)フランスの小説家。本名マリ・アンリ・ベール(Marie Henri Beyle)。
フランス南東部のグルノーブルで、弁護士の子として裕福な家庭に生まれる。子どもの頃に母を失い、このことが後の人生に影響を及ぼす。
厳しい教育を受けて中等学校を成績優秀で卒業したものの、ナポレオンがクーデターで政権を掌握した当時の政治情勢から進学を取りやめ、陸軍士官としてナポレオン遠征軍に参加してミラノに入城する。その際にイタリアの自然や芸術、女性の虜になり、帰還後は軍を離れて文芸に集中する。七月革命以後は外交官の経歴も持つ。
ミラノでの恋愛経験に基づいて執筆された「恋愛論」や、強い意志と情熱を持った若者を描いた「赤と黒」「パルムの僧院」などの長編は、ロマン主義とリアリズムにまたがる近代文学の先駆とされ、19世紀前半のフランスを代表する小説家としてバルザックと並び知られている。
スタンダール「赤と黒」の歴史的背景
「赤と黒」は1830年11月末に刊行されますが、執筆は1830年の七月革命直後の8月〜9月に終えていたとされています。時代の変わり目の最中に書かれた本作品では、当時の 「王党派(とりわけユルトラ)」+「教会権力(イエズス会)」 vs.「自由主義勢力」という対立がリアルに描かれています。
七月革命を簡単に解説すると、1830年7月、フランス復古王政シャルル10世の言論弾圧などに対し、ブルジョワ共和派を支持するパリ市民が蜂起して絶対主義体制を倒した変革です。この革命により七月王政の立憲王政が成立し、ヨーロッパ各地に大きな打撃を与え、ウィーン体制にも多大な影響を与えました。
参照:七月革命
貧乏な農民の家庭に生まれ、精神的父親ともいうべき元ナポレオン軍の老軍医の影響でナポレオンを支持する主人公の美青年ジュリヤン。彼は王党派の貴族の家で家庭教師として働き始めます。
今よりも強いフランス階級社会における、七月革命の直前の雰囲気を、本作品で垣間見ることができるでしょう。
スタンダール「赤と黒」の登場人物
・ジュリヤン・ソレル
ラテン語の秀才。小柄で細くきれいな顔をした青年。レナールの子供たちの家庭教師となる。フランスの田舎ヴェリエールの貧乏な農民の息子として生まれたが、秀でた記憶力と美貌を生かして上流社会に入り込もうと野心を抱いている。ナポレオン・ボナパルトを敬愛している。
・ド・レナール
ヴェリエールの町長。いくつもの勲章の受賞者であり、額は秀で、鼻はわし鼻、全体としてなかなか整った風貌の五十近い歳の男。自らの所有する大きな釘製造工場からの利益で立派な切石造りの屋敷を建てている。もともとはスペインの古い家柄で、ルイ14世の征服よりはるか以前にこの土地に住み着いた。根っからの王党派である彼は、1815年の王政復古以来、実業家であることを恥じるようになった。
・レナール夫人
レナールの妻。三人の男の子の母親で三十ぐらいの、背が高くすらりとした内気で信心深い女性。信心深い叔母の富を相続人。一六歳でレナール家に嫁ぎ、かつては土地で一番の美人と言われていた。金持ちの跡取り娘としてイエズスの聖心修道院の信仰心に燃えた修道女に育てられ、イエズス会士に敵対するフランス人への激しい憎悪を吹き込まれたが、修道院で教わったことを馬鹿ばかしく感じて、やがてはおおかた忘れてしまうだけの分別を持っていた。ブザンソンの聖心修道院にいたときに神様に打ち込んだ以外は、本気で誰かを好きになったことはなかった。ルイーズと呼ばれている。ジュリヤンの愛人となる。
・アドルフ
レナール夫妻の十一歳ぐらいの長男
・スタニスラス・グザヴイエ
レナール夫妻の末息子。ジュリヤンに最もなついている。
・ソレル老人
「ソレル親父」と呼ばれている頑固な農民。製材小屋を営んでいる。ジュリヤンを含む三人の息子の父親。
・マスロン助任司祭
数年前、シェラン神父および近在の司祭数名のお目付け役としてブザンソンから派遣されてきた。
・老軍医
ヴェリエールに隠居しているレジオン・ドヌールをつけた元イタリア遠征軍軍医。ジュリヤンの精神的父親のような存在。従兄弟だと言ってソレル家に下宿していたが、レナール氏からは自由主義者のスパイと疑われている。ときおりソレル親父に息子の日当分を払ってラテン語と歴史、自分の体験をもとに1796年のイタリア遠征について教えた。死に際にレジオン・ドヌール勲章および元ナポレオン軍士官としての年金、そして三、四十冊の本をジュリヤンに遺した。
・シェラン司祭
ヴェリエールの司祭。八十歳の老人とはいえ、山の清冽な空気のおかげで鉄のような健康と意志に恵まれている。監獄、慈善院、貧民収容所をもいつでも好きな時間に訪ねていく権利がある。ジャンセニスト。レナール氏とヴァルノ氏とは仲たがいをしている。
・ラ・モール侯爵
フランス貴族議員にしてヴェリエールで最も裕福な地主。フランス最高の大貴族の一人と言われている。シェラン司祭の三十年来の友人。1790年22歳の時に亡命を経験している。
・アペール
当時の著名な人道主義運動家。
・ノワルー
身の丈六尺の巨人のような体躯をした監獄の看守
・ヴァルノ
貧民収容所長。背が高くたくましい体格をした若い男で、血色のいい顔に黒く太い口ひげを生やした、田舎では美男子と呼ばれるたぐいの、粗野であつかましく騒々しい連中の一人。ノルマンディー種の名馬の持ち主。レナール氏の部下としてヴェリエールに君臨していたものの、レナール氏よりもはるかに活動的で、教会勢力からレナール氏をしのぐほどの信望を勝ち得ることとなった。ジュリヤンに死刑を宣告する。
・エリザ
レナール家の小間使い。ある日、相続で財産を得た。ジュリヤンに恋心を抱いていて結婚したいと思っているが、ジュリヤンには拒絶される。
・デルヴィル夫人
レナール夫人のいとこで、かつて聖心修道院の同級生だった女性。
・フーケ
ジュリヤンの友達。背が高く不恰好な体つきをし、ごつごつと厳しい顔立ちに巨大な鼻のついた青年だが、人好きのしない容貌にも関わらず気立はいたって良い。
・モワロ
ヴェリエールきっての信心者で、三十六歳の臆病きわまる人物。
・マスロン神父
現世の権力と結託するイエズス会派の神父
・アグドの司教
ラ・モール侯爵の甥で、国王に聖遺物をお見せする役を負っている二十代半ばの若い男。
・ファルコーズ
レナール氏の幼なじみの友人だったがボナパルト主義者であることからレナール氏に絶交された。頭がよく人柄もいい男でヴェリエールで紙商人をしていたが、郡役場所在地に印刷所を買い取って新聞発行に乗り出した。しかし修道会に取り潰され、新聞は発禁処分となり、印刷所の鑑札は取り上げられた。
・デュクロ
レナール氏の幼なじみの友人
・シャルコ・ド・モジロン
ブレの郡長
・グロ
ジャコバン派とみなされている測量技師
・サン・ジロー
県庁の町長。レナール氏が賃貸に出した古屋敷を落札した。
・シニョール・ジェローニモ
陽気なナポリ生まれの人物で、家柄の良い有名な歌手。立派な黒の顎ひげを生やしたハンサムな男。
・シニョール・ボーヴォワジ
ナポリ大使館館員
・アマンダ・ビネ
ブザンゾンの城壁にあるカフェのカウンターで働いている金髪の陽気な美人。ジュリヤンの美貌の虜になる。
・ピラール神父
ジュリヤンの通う神学校の校長。シェエラン神父の三十年来の親友。ジャンセニスト。
・シャゼル
ジュリヤンの通う神学校の同級生。本物の才能で頭角を現している。
・カスタネード神父
ジュリヤンの通う神学校の副校長でピラール神父の敵
・シャー・ベルナール神父
大聖堂の祭式係長で参事会員にしてやるといわれて十五年来、期待し続けている。それまでの腰かけのつもりで神学校で説教術を教えている。
・フリレール副司教
ブザンソンの修道会の綱を巧みに張りめぐらした狡猾な人物で、パリに書簡を送れば判事や知事、駐屯地の将官たちまでもがふるえ上がった。
・サン・ジャン
レナール夫妻の家の召使い。ジュリヤンを目のかたきにしている。
・ラ・モール夫人
マチルドの母。ごく控えめな人ではあるがときおりジュリヤンをからかった。
・ノルベール伯爵
ラ・モール家の長男。顔色がひどく青く、すらりと背の高い美青年。
・マチルド
ラ・モールの長女でノルベール伯爵の妹。見事な金髪をした目の美しい十九歳の娘。ジュリヤンの愛人となり、ジュリヤンの子を妊娠する。
・タンボー
ラ・モール夫人の友人であるアカデミー会員の甥で文芸の道を志している。
・クロワズノワ侯爵
ラ・モール嬢のマチルドに言い寄っていた婚約者候補。ジュリヤンが服役中に亡くなる。
・ルーヴレ公爵夫人
マチルドのいとこ。
・バラン
正直者を装う偽善者。道徳や教訓ばかり説く、ふた目と見られぬ醜男。六万リーブルの高年収を享受し、自分の取り巻き連中も持っている。
・シャルヴェ伯爵
タレーランがモデルと考えられる。
・タレール伯爵
各国の王様が戦争をする際に金を貸して富を築いたことで名前の知れ渡っているユダヤ人の一人息子。
・ケリュス伯爵
マチルドが一時熱を上げていた、馬に大変な情熱を注いでいる男。いつも厩舎で過ごし、そこで食事もしていた。決して笑わないという習性によって友人たちの間では大いに尊敬されていた。
・ラ・ジュマート男爵
小柄で痩せた醜い男で、無表情な冷たい人物。身なりは大そう立派で、宮廷づとめをしており、どんな話題であれたいていは何も発言せずにいた。ラ・モール夫人が娘マチルドの夫にしたがっている男。
・シャルル・ド・ボーヴォワジ
人形のようにおしゃれな背の高い若者。外交官。
・トリー老男爵
レー侯爵の舞踏会で気分を悪くして倒れた。
・アルタミラ伯爵
身の丈六尺近くある人物で、祖国で死刑判決を受けた敬虔で信心深い自由主義者。
・リエヴァン
元九十六連隊の中尉だった男。ジュリヤンの介添人となる。
・コラゾフ公爵
ストラブールでジュリヤンと一週間を過ごす。
・フェルヴァク夫人
ラ・モール邸にしょっちゅうやってきている元帥夫人。美しい外国人の女で結婚して一年で元帥に旅立たれた。レナール夫人そっくりの目とまなざしをしている。
スタンダール「赤と黒」のあらすじ(ネタバレあり)
簡単な要約
現代よりも階級社会の強かった1830年頃のフランスで、ヴェリエールにある貧乏な材木屋の息子ジュリヤンは王党派の貴族の家で家庭教師として働き始める。ずば抜けた美貌と記憶力を武器に、貴族の女性たちを虜にするジュリヤン。ナポレオンを支持する彼が、王党派の貴族たちに取り入って階級社会を駆け上がろうとするが、その野望は彼自身が起こした事件によってあっけなく打ち砕かれる。しかし死の直前に、彼はこの上ない愛の日々を手に入れた。
上巻(前半)
ヴェリエールの貧乏な材木屋の息子ジュリヤンはレナール市長の家で住み込みの家庭教師となる
ヴェリエールで製材小屋を営んでいる貧しい農民の息子として生まれたジュリヤン・ソレルには、卓越した記憶力と女性を惹きつける美貌があった。ある日、ジュリヤンが敬愛するナポレオンの「セント・ヘレナ日記」を読んでいたところ、文字の読めない父親から本を川に叩き落とされる。涙したジュリヤンは家を飛び出し、故郷を捨てて運命を切り開こうと決意する。
ジュリヤンはシェラン司祭の紹介でヴェルエールの市長レナールの家で家庭教師として働き始める。ジュリヤンはレナール夫人の美しさに惹かれ、またレナール夫人もまるで少女のような美青年のジュリヤンに誘惑され、二人は愛人関係となる。
九月三日の夜十時、憲兵が大通りで馬を駆け抜けて、次の日曜日に国王陛下がヴェリエールに来る知らせを運んできた。県知事はレナール氏に親衛隊を組織することを要求した。
レナール夫人はモワロ氏やモジロン郡長に頼み込んで、ジュリヤンを親衛隊に任命してもらう手はずを整えた。ジュリヤンは金持ちの工場主の息子たちをさしおいて親衛隊に任命される。
日曜日の午後三時頃に国王が県内に入る。親衛隊の第九列目の先頭にいる騎兵が貧しい材木屋の息子ジュリヤン・ソレルであることに、町長を非難する声がいっせいに、とりわけ自由派のブルジョワたちから沸き起こった。物議をかもしながらもジュリヤンは喜びの絶頂にいた。
国王が教会に入るとすぐジュリヤンはレナール氏の家に馬を飛ばしてため息をつきながら空色のきれいな制服を脱ぎ、すり切れた粗末な黒服に着替えた。ジュリヤンがシェラン司祭のところへ行くと神父はジュリヤンを叱りつけ、長衣と祭服を渡した。ジュリヤンはただちに服を着替えてシェラン神父のあとに従い、ラ・モール氏の甥であるアグドの若い司教のところに向かった。
司教は天蓋の下に立った。司教の演説に対して答辞を述べたのち、国王は天蓋の下に入り、祭壇のそばに置かれたクッションの上にひざまずいた。一心に祈る国王のそばにはラ・モール氏がいた。
国王がヴェリエールに来てから一週間後、親衛隊に大抜擢されたジュリヤンはヴェリエール中の噂になっていた。ほどなくしてレナール夫妻の一番下の息子スタニラスが熱を出し、レナール夫人は恐ろしい後悔と罪の意識に苛まれる。レナール夫人はジュリヤンに「出て行ってちょうだい」と告げる。
小間使いのエリザはジュリヤンに結婚を断られた腹いせに、ヴァルノにレナール夫人とジュリヤンの関係を暴露する。早くもその晩、レナール氏は町から、レナール夫人とジュリヤンの愛人関係を示唆する匿名の長い手紙を受け取った。レナール夫人はジュリやんと共謀し、レナール夫人宛に届いた匿名の手紙を偽装する。
ジュリヤンはレナール夫妻の別宅のあるヴェルジを出て二週間ほどヴェリエールに滞在する。到着から三日目に訪ねてきたモジロン郡長から、ヴァルノ氏がジュリヤンを家庭教師として今よりも二百フラン多くの報酬で雇いたがっているとことを告げられる。そのことをジュリヤンはレナール氏に手紙で報告する。ほどなくして、ジュリヤンはヴァルノ氏の家の宴席に招かれる。しかしレナール家と比べて下劣な雰囲気を感じ、ヴァルノ家で暮らすことはできないとジュリヤンは悟る。
レナール夫人との愛人関係がバレたジュリヤンはブザンゾンの神学校へ
ヴァルノ氏の紹介で貴族の屋敷に住み込むようになった小間使いのエリザは、前司祭のシェラン神父と新司祭のところに出かけ、ジュリヤンとレナール夫人の恋愛について二人に洗いざらい話そうと決意する。
ジュリヤンがヴェリエールに戻った翌日ジュリヤンは、エルザから暴露を聞いたシェラン神父から「三日以内にブザンゾンの神学校かフーケの家に行くように。とにかく出て行って一年はヴェリエールに戻ってはならない」と命じられる。ジュリヤンはヴェリエールを去り、ブザンゾンヘ向かう。
ブザンゾンヘ到着した日、ジュリヤンはたまたま入ったカフェで働くアマンダ・ビネという美しい女性と知り合う。ジュリヤンのことを気に入ったアマンダは、住所を書いたカードをジュリヤンに渡す。
神学校に到着したジュリヤンは粗末な身なりをした校長のピラール神父と対面する。シェラン司祭の働きかけにより給費生となったジュリヤンには個室が与えられた。
ピラール神父はレナール夫人からジュリヤン宛の手紙を何通か受け取っては火に投じていたことを、ジュリヤンは知らなかった。ある日、ジュリヤンの部屋に訪れた親友のフーケから、レナール夫人がすっかり信心に凝り固まって巡礼までしているらしいと聞かされる。夫人がよくブザンゾンにも告解のために来ていると聞いてジュリヤンは驚いた。
ある日、ピラール神父からジュリヤンへ呼び出しがかかった。ピラールはジュリヤンがブザンゾンに到着した日にカフェの女性アマンダ・ビネから渡されたジュリヤン宛のカードを見せられ「説明したまえ」と睨まれる。ピラール神父の宿敵であるカスタネード神父の手先がカードを盗んだらしい。ジュリヤンは神学校で暗然たる日々を過ごす。
ジュリヤンはシャー・ベルナール神父からの依頼で大聖堂の飾りつけを手伝っている最中、告解室にたまたま居合わせたレナール夫人と再会する。ジュリヤンを見て驚いたレナール夫人は気絶。ジュリヤンはレナール夫人と一緒にいたデルヴィル夫人に追い払われる。
後日、ピラール神父が神学校を出て行くことになった。出て行く前に何かしてやりたいと言うピラール神父のはからいでジュリヤンは新約および旧約聖書の復習教師となる。初めての昇進であった。
その後、ジュリヤンはピラール神父の紹介でラ・モール侯爵の住み込み秘書となることが決まり、パリへ向かう。
下巻(後半)
ジュリヤンはパリの貴族ラ・モール家で住み込みの秘書となる
貴族のクロワズノワ侯爵と婚約して将来は申し分のない身分が約束されている19歳のラ・モール嬢マチルドは、秘書として住み込みで働き始めたジュリヤンに好意を持ち始める。
ある日、ジュリヤンはにわか雨にあってサン・トノレ通りのカフェに避難すると、カトリーヌ地のフロックコートを着た背の高い男に絡まれた。男は住所を聞いてきたジュリヤンの鼻先に名刺を五〜六枚投げつけた。
翌日にジュリヤンは決闘を申し込むため、名刺の住所を頼りに、介添人の元九十六連隊の中尉だったリエヴァントとともに、シャルル・ド・ボーヴォワジ氏の家に向かう。
出てきたボーヴォワジ氏はジュリヤンに名刺を投げつけた男ではなく、背の高い上品な男であった。ジュリヤンが外に出ると前日の男が現れた。ジュリヤンは男を鞭でさんざん打ちのめし、拳銃を相手に向けてぶっ放すと、相手は逃げていった。その様子を見ていたボーヴォワジ従男爵は好奇心を刺激されながらも落ち着き払った様子で、ジュリヤンに名刺を投げつけた従僕をクビにすると告げた。決闘は一瞬で片づいた。
別れるとすぐボーヴォワジ従男爵はジュリヤンの身元を調べ、ジュリヤンはラ・モール侯爵の私生児なのだと思い込んでその噂を広めた。
ある日、ジュリヤンはラ・モール一族とともにレー侯爵の舞踏会に参加する。マチルドは彼女を口説いてくる貴族の青年たちとは違い、話があるからと言っておいたのに自分のところへ戻って来ようとしないジュリヤンに怒りを感じる。
ジュリヤンは祖国で死刑宣告を受けている敬虔で信心深い自由主義者のアルタミラ伯爵と話し込んでいた。退屈していたマチルドはジュリヤンとアルタミラ伯爵の会話を聞いて刺激され、話にすっかり引き込まれる。マチルドは思わず二人の間に入っていったが、ジュリヤンに相手にされなかった。彼女はひどく不快に感じたが、もはやジュリヤンを忘れられなくなっていた。
マチルドは1564年4月30日に、当代きっての美青年であったボニファス・ド・ラ・モールが、その友人であるピエモンテの貴族アニバル・デ・ココナッソと共に、パリの処刑場グレーヴ広場で斬首された事件に感銘を受けていた。
ボニファスの愛人であった王妃マルグリット・ラ・ヴァールは、大胆にも死刑執行人から愛人の生首を持ってこさせ、モンマルトルの丘のふもとにある礼拝堂まで自らその生首を埋めにいった。
そういった背景から「マチルド・マルグリッド」の名前を持つマチルドは、4月30日には喪服を着て過ごした
ジュリヤンはその情熱的なラ・モール嬢が自分に好意を抱いていることに気づきはじめる。マチルドは恋心を抱いているジュリヤンと自分に、マルグリッド・ド・ヴァロワが当代きっての逸材だった若きラ・モールに抱いた恋を投影していた。
ラ・モール嬢マチルドとジュリヤンが愛人関係となる
マチルドはジュリヤンに恋の告白の手紙を出す。二人が何度か手紙のやり取りを重ねたのちに、マチルドは「今夜の深夜一時に、庭の梯子を使って私の部屋へ来てください」と手紙でジュリヤンに告げる。
ジュリヤンは「これは陰謀なのか?」と葛藤の末、万が一のためにピストルを持って、深夜一時に梯子を登ってマチルドの部屋に入った。
マチルドと一夜を共に過ごしてもジュリヤンは別に興奮を覚えなかったが、その数日後、口論をきっかけにお互い絶交宣言した途端、ジュリヤンはマチルドを愛していると認めざるをえなくなり、狂おしい気持ちになった。ジュリヤンはマチルドの前で古めかしい鞘に収まった剣を引き抜く。それを見たマチルドは未知の感動に打たれたまま逃げていった。ジュリヤンはマチルドが走り去る姿を見て「ああ、なんて彼女は美しいんだ!」と感動を覚えた。
マチルドは殺されかけたことによってジュリヤンのことを「あの人は私の主人となる資格がある。社交界の美青年たちにはあれほど情熱的な行動はできないから」と思った。
ある日、ジュリヤンはラ・モール侯爵に呼び出され、「これから君をあるサロンに連れていくが、そこに集まる十二人の発言をノートに記録してまとめ、暗誦してもらいたい」と依頼を受ける。
朝の三時になってようやくジュリヤンはラ・モール氏とともにサロンから立ち去った。翌日、侯爵はジュリヤンをパリから遠い、人里はなれた館まで連れていった。そしてラ・モール氏の指示通り、ジュリヤンは暇つぶしに旅をしている色男のふりをして旅に出た。
ジュリヤンは旅先の宿でうとうとし始めた時、自分の部屋で二人の男がジュリヤンのポケットや荷物をあさり始めているのに気づいた。二人の男は宿屋の主人とカスタネード神父であった。
ジュリヤンは一人で出発し、他には何の事件にも出会わないまま重要人物であるストラブールのコラゾフ公爵のもとへ到着した。
一週間を過ごす中でコラゾフ公爵はジュリヤンと仲良くなり、とうとう自分の従姉妹たちの一人である、モスクワの豊かな跡取り娘を嫁にもらってくれないかと言い出した。
その申し出は断ったものの、ジュリヤンはコラゾフ公爵の恋のアドバイスに従い、マチルドの気を引くために、ラ・モール家に頻繁に出入りしているフェルヴァク夫人に言い寄ることを決意する。
ラ・モール邸にてマチルドは、戻ってきたジュリヤンがフェルヴァク元帥夫人と親しげに話している様子を目の当たりにする。その後、マチルドは元帥夫人からジュリヤンに宛てた手紙が出しっぱなしになってあるのを間のたりにしてジュリヤンの前で取り乱し、涙を流した。
マチルドがジュリヤンの子供を妊娠、ジュリヤンはラ・モール家を発つ
マチルドはジュリヤンの子供を妊娠した。ラ・モール侯爵はそのことを娘から手紙で告げれられた。
手紙を読んだラ・モール侯爵は怒り心頭に発し、口を突いて出る限りの罵倒をジュリヤンに浴びせかけた。ジュリヤンは殺されることを覚悟したが「これから生まれてくる息子のために生きていきたい」とはっきりと感じた。
ジュリヤンはマチルドから懇願されて身を守るためにヴィルキエに旅立った。ラ・モール侯爵はマチルドの強い意志に押されて、一万フランの年金証書をジュリヤンに送らせる。その後、ラ・モール氏はランドドックの土地からの収入一万六百フランを娘のマチルドに、一万フランをジュリヤンに贈呈し、土地そのものもの譲ると書いた手紙を娘に託した。
ジュリヤンは思いがけず高額の財産を得たことで野心をかきたてられた。
加えてラ・モール侯爵はジュリヤンを軽騎兵中尉に任命し、ジュリヤン・ド・ソレル・ド・ラヴェルネ従男爵という名を与える。ジュリヤンはラ・ヴェルネ従男爵として、ストラブールの練兵場で六千フランもするアルザス種の最高の名馬に乗っていた。
その間にレナール夫人がラ・モール侯爵あてに手紙を出していた。ジュリヤンはマチルドから「何もかもおしまいです」との知らせを受け、全速力でラ・モール邸へ戻る。
ジュリヤンがヴェリエールの教会でレナール夫人に発砲し、死刑となる
レナール夫人からの手紙を読んだジュリヤンは郵便馬車に乗って急いでヴェリエールへ向かった。日曜日の朝にヴェリエールへ到着したジュリヤンは一対のピストルを入手する。その後、教会に入り、一心に祈っているレナール夫人に向けてピストルを撃った。二発目を撃つと夫人は倒れた。
ジュリヤンは憲兵に捕えられ、監獄に入れられた。幸いにもレナール夫人は命に別状はなかった。ラ・モール侯爵宛の例の手紙は現在の告解師に強いられて書いたものであった。レナール夫人はもう長い間、死ぬことだけを願っていた。内心では「ジュリヤンの手にかかって死ぬとしたら、これほど幸せなことはない」とも感じていた。
ジュリヤンはヴェリエールの監獄に入れられた。二ヶ月後にギロチン処刑されることが決まった。レナール夫人の命に別条はなかった。ジュリヤンはラ・モール嬢に別れの手紙を書いた。
監獄の中でジュリヤンはレナール夫人のことがたまらなく恋しくなった。一方でマチルドに対しては無関心になっていた。
裁判の日、ジュリヤンはヴァルノ氏によってただちに死刑が宣告された。死刑を宣告された後、独房で眠っていたジュリヤンが目を覚ますと、そこにレナール夫人がいた。
最後の日、ジュリヤンの幼馴染であるフーケは、自分の部屋でたった一人、ジュリヤンの遺体の傍で通夜をしていた。するとマチルドが入ってきた。マチルドは自分の正面にジュリヤンの生首を置いて額にキスをした。そしてその生首を膝の上に乗せて、ただ一人、黒布で覆われた馬車に乗り込み、ジュラ山脈の高い山の頂でジュリヤンを弔う儀式を行い、自分の手で恋人の首を埋めた。レナール夫人はジュリヤンが死んで三日後、我が子たちを抱きしめながら息絶えた。
本文中に出てくる名言・格言
道端の垣根にいばらが生えているからといって、その分、道が美しくなくなるなんてことがあるか? 旅人は道を進むのみだ。意地悪のいばらには、そこで待ちぼうけを食わせておけばいい。
険しい山によじ登った旅人が、頂上に腰を下ろしてくつろぎ、申し分のない喜びを味わうとしても、そのままずっとくつろいでいなければならないとしたら、はたして幸せは続くだろうか。
賢者にはわずかな言葉で足りる。
夫というのは結局は主人なのだから、胸の内を明かすのは危険だ。
若さというものはおそらく、魂の清らかさや、憎悪の念をいっさいもたないことで長く保たれるのだろう。美しい女性はたいがい、顔から老けるものだ。
恋は平等を生むもの、それをあえて探し求めなどしない。
日々の出来事の珍妙さが、恋の本当の不幸を隠してくれる。
言葉が人間に与えられたのは自分の考えを隠すためである。
一年じゅう昂然と頭を上げていられる喜びとひきかえに、十五分じっと耐えなければならないこともある。
結婚のせいで恋愛に走らずにすむのは、女の中でも心の干からびた女だけである。
本物の恋に比べて、理性の恋は気がきいてはいるだろうが、熱狂の瞬間は一瞬でしかない。自分を知りすぎ、たえず自分に批判の目を向けている。考えを惑わす恋ではなく、それどころか、考えに考えた末にしか成り立たない恋なのである。
偉大な行動とは、企てるときには必ず極端なものではないかしら?
大胆で高慢な性格の持ち主の場合、自分のことが癪にさわると、たちまち、他人に当たり散らすことになってしまう。そうやって怒りに身をまかせるのが、強烈な喜びでもあるのだ。
感想と考察
小説も映画も長編ですが、とても面白くて先が気になって次々と読み進めたくなりました。
フランスの歴史的資料としても、また恋愛をテーマとした物語としても質が高く、近代文学史における最高傑作の一つと言えます。
特に登場人物のジュリヤンやレナール夫人、そしてラ・モール嬢マチルドの愛に関する心理的描写は、スタンダール自身の抱負な恋愛遍歴の裏づけもあり、表現が豊かです。
何よりも特筆すべきは、本作品が18世紀末〜19世紀前半に盛んであったロマン主義と、写実主義や自然主義と言われるリアリズム文学、両方の要素を兼ね備えている点です。
七月革命直前の社会情勢が忠実に描写され、その舞台で繰り広げられる美青年と貴族夫人たちとの恋愛劇に魅了される方は多いはずです。
フランス文学の魅力が凝縮された作品と言えるでしょう。
光文社古典新訳が読みやすくまとめられており、おすすめです。