19世紀フランスの写実主義文学の確立者とされるフローベールの有名な代表作「ボヴァリー夫人」を小説で読みました。その後、2015年に公開された映画も観たので、両方をレビューしていきます。
映画版はAmazon prime videoとApple TVでご視聴いただけます。
目次
「ボヴァリー夫人」の作者ギュスターヴ・フローベールについて
ギュスターヴ・フローベール(Gustave Flauber)1821年12月12日 – 1880年5月8日)
フランス・ルーアンで外科医の息子として生まれる。父はルーアン市立病院の院長であった。9歳の頃よりヴィクトール・ユゴーやシェイクスピア、ヴォルテールなどの作家の作品を読みふけり、作家になることを夢見て物語を書くことに熱中していた。
バカロレアに合格したフローベールは1841年、パリ大学へ入学。父に勧められて法律を専攻するものの自分には合わないと感じて苦しんだ。次第に合わない勉強へのストレスから眩暈の発作を起こすようになる。
父はルーアン近郊のクロワッセにフローベールが落ち着ける環境を用意し、そこで「感情教育」の初稿を書き上げる。
1846年、父が病気で急死。父の遺産や年金に頼りながら母、姪と暮らす中で、11歳年上の女性詩人ルイーズ・コレと恋仲になる。
1851年、ボヴァリー夫人の執筆を開始。4年半にわたる苦闘の末に完成し、ベストセラーとなる。
精緻な客観描写によるフローベールの手法はその後、エミール・ゾラやモーパッサンに引き継がれ、写実主義から自然主義への流れを作った。
19世紀フランス文学の「写実主義」と「自然主義」の違い
19世紀前半のフランスでバルザックらによって創始された写実主義は、価値判断を加えずに社会と人間をありのままに描く手法。フローベールはその大成者とされている。フローベールらが確立した写実主義を継承しつつ、19世紀後半にはさらに社会の矛盾を鋭く追求する作品が登場した。それらはエミール・ゾラやモーパッサンなどの作品に代表される自然主義文学に位置づけられている。
「ボヴァリー夫人」の登場人物
・シャルル・ボヴァリー(映画版ではチャールズ・ボヴァリー)
痩せて背の高い医者。コー県とピカルディー県との境に生まれ、ルーアンの中学校に通う。成績優秀だったので中学を中退して大学資格試験を受け、医学の道へ進み、ルーアンの北にあるトストで開業する。
・エンマ(映画版ではエマ)
シャルルの後妻となる。信心深いが、結婚生活に退屈し、不倫に溺れる日々を送るようになる。
・オメー
ヨンヴィルの村で薬屋を営み、墓地も所有している薬剤師。利害関係を重視しており、権力にへつらう男。かつて法令違反を密告されたことがあるので、同業者のやっかみを恐れている。
・オメー夫人
身だしなみが悪くエンマとレオンの笑いの種になっている。
・レオン・デュピイ
オメーの家に下宿している公証人・ギョーマン氏の書記で、金獅子館の常連である学生。教養のある多彩な文学青年で、水彩画を描けてピアノも得意。エンマの最初の愛人となる。
・ロドルフ・ブーランジェ(映画版ではマルキ)
ユシェットで農場を自分で経営している資産家でやもめ暮らしの34歳の男。気質が激しく頭が鋭く女と頻繁に交際している。少なくとも年収1500フランはあると言われていた。レオンと別れたエンマの愛人となる。
・ルウルウ
エンマとシャルルの家に出入りする小物問屋のおやじ。ガスコーニュ生まれでノルマンディー育ち、南仏人の饒舌とコー地方人の抜け目なさを合わせ持っている抜け目のない男。
・シャルル・ドニ・バルトロメ・ボヴァリー
シャルルの父。外科軍医の助手をしていたが、1812年頃、徴兵事件に巻き込まれて職を免じられた。しかし持ち前の美貌を餌に、持参金6万フランのメリヤス業者の娘(シャルルの母)を手に入れ、結婚後はろくに働かずにのらりくらりと暮らしていた。
・ボヴァリー老夫人
シャルルの母。常に忙しくしている働き者で倹約家。
・エロイーズ
シャルルの最初の妻。ルーアンの北にあるディエップの執達吏の未亡人で45歳、年収が1200フランあった。しかし彼女の財産管理をやっていた男が有り金全てを持ち出して姿を消す。ディエップの家が抵当に出されていたことが分かり、その打撃から急に吐血して亡くなった。
・テオドール・ルオー
エンマの父。50代の太った小柄な男。ベルトー農場のかなり裕福な百姓。妻とは死別。
・ジュスタン
オメー家で見習いとして働く下男。
・テリエじいさん
シャルルの患者で「カフェ・フランセ」の亭主。
・ブールニジャン神父
ヨンヴィルの教会の神父。
・ナスタジー
最初の女中。エンマによりクビにされる。
・フェシリテ
ナスタジーの後任としてエンマが受け入れた女中。孤児で優しい顔をした14歳になる娘。
・ビネー
騎士上がりの収税吏で消防隊長。トランプが強く、素晴らしい狩人でもあり、家にろくろを持っている。芸術家に対する羨望とブルジョワのエゴイズムを合わせ持つ男。
・レスティブードワ
寺男と墓守りをするかたわら、ヨンヴィルのめぼしい家の庭を、先方の都合によって時間ぎめあるいは年ぎめで手入れをする墓掘りの男。金儲けにかけては抜け目がない。
・リューヴァン
参事官。
・トゥロズレ
毎年ピエール祭の頃になるとエンマに金を送る。
・イポリット
金獅子館の下男。足の奇形でびっこを引いている。シャルルによる奇形足新薬治療法の手術が失敗に終わり、足を切断せざるをえなくなった。
・カニヴェ
ヌシャテルの名医、50歳。イポリットの壊疽が進んだ大腿部の切断手術を行った。
・テオドール
ギョーマン氏の下男。フェシリテを口説きかけている。
・ジラール
ヨンヴィルの馬丁。
・エドガール・ラガルディー
有名なテノール歌手。金がうなるほどあり、恋人3人と料理人を連れて歩いて派手な生活を送っている。南仏人特有の熱っぽさに大理石のような重々しいところを加えた素晴らしく青白い顔をしている。
・イヴェール
ヨンヴィルの便利屋。村の人々に必要なものをあちこちの店で仕入れて配達している。
・ヴァンカール
ルウルウがエンマの債権を譲渡したルーアンの男。ルウルウいわく、アラビア人よりもしぶとい男。
・ベルト
シャルルとエンマの娘。
・ルフランソワ
宿屋「金獅子館」のおかみ。
・ランプルール
エンマがシャルルにルーアンでピアノを習っていることにしていた有名な音楽教師。ミエジャールの妻。
・ローレおばさん
エンマが娘のベルトを預けていた乳母。
・ジャリ
シャルルの治療で肺炎が治った狩人番人からエンマに送られたイタリー種のグレーハウンドの雌犬。シャルルとエンマがヨンヴィルへ移動する途中、畑をよぎって逃げた。
「ボヴァリー夫人」の小説版のあらすじ(ネタバレあり)
外科軍医の助手と裕福なメリヤス業者の娘の間に生まれたシャルルはルーアンの中学校を経て大学で医学を勉強し、ルーアンの北にあるトストで開業医となる。
シャルルは母ボヴァリー老夫人の紹介で45歳の裕福な未亡人エロイーズと結婚するものの、エロイーズは財産を任せていた男に金を持ち逃げされたショックから亡くなる。
シャルルは往診の患者であるベルトー農場のルオーじいさんの娘、エンマを後妻にする。
ほどなくしてエンマはシャルルとの新婚生活に退屈して孤独を感じるようになる。シャルルはエンマが気むずかしくなったのはトストでの生活が原因だと思い、知人のツテを辿ってヨンヴィルへの引っ越しを決意する。
ヨンヴィルへ引っ越してからほどなくした頃、エンマはヨンヴィルの宿屋「金獅子館」の常連で若い美青年レオンとプラトニックな恋人関係になる。しかししばらく経った後レオンは勉強の仕上げをするためにパリへと旅立ってしまう。
その後、シャルルの患者として出会った資産家のやもめ男ロドルフとエンマは愛人関係になる。
ちょうどその頃、シャルルはオメーに勧められて行ったイポリットの脚の奇形を治す手術に失敗し、村の評判を大きく落とす。エンマは手術に失敗した夫シャルルを疎ましく感じ、ロドルフに夢中になっていく。
色男のロドルフがエンマに飽きじめた頃、エンマはロドルフの虜になっていた。ロドルフは旅に出ることにしてエンマに別れを告げる。
再び孤独になったエンマがオメーの勧めで気分転換にシャルルとルーアンへオペラを観に行った時、二人は偶然レオンと再会する。先にシャルルがヨンヴィルへ戻ったため、翌日エンマはレオンと二人で過ごし、そこからエンマとレオンの恋が再燃する。
エンマはその後、シャルルにピアノを習いに行くと告げて、毎週のようにルーアンへ通い、レオンと逢引をする。
そうこうしているうちに小物問屋ルウルウへつけ払いにしているエンマの借金は膨らんでいき、返せなくなる。
何者かがレオンの母にレオンの不倫を手紙で密告し、破産状態となったエンマからレオンは離れた。またエンマは、かつての恋人であったロドルフにも借金の申し込みを断られる。
ルウルウはエンマの再建をアラビア人よりもしぶとい男ヴァンカールに譲渡し、エンマの財産は差し押さえられる。
エンマは絶望し、オメー氏の家の屋根裏に忍び込んで砒素を飲み、亡くなる。
「ボヴァリー夫人」に出てくる名言(映画版より引用)
今、君はリンゴの木の下でオレンジの香りを求めている(マルキ)
お人好しすぎるほどの善良な医師と結婚し、何不自由ない生活を送っておきながら、刺激と快楽を求めて不倫に溺れる主人公のエンマ。不倫相手の一人マルキがエンマの覚悟を確かめるために忠告した言葉です。
君は人生に退屈していたんだろう
でも“退屈”こそが唯一の返済手段だった(ルウルウ)
借金が膨らんで破産状態になったエンマに、債権者のルウルウが冷たく言い放った言葉です。尽きることのない我欲の恐ろしさを物語っています。
「ボヴァリー夫人」の解説・考察
19世紀フランスの写実主義文学を代表するフローベールの「ボヴァリー夫人」。小説版と映画版を見て、この作品が大ヒットした理由が分かりました。
まずテーマが普遍的で分かりやすいこと、おそらく世界の人妻が抱く野望のようなものを、主人公のエンマが体現しているからです。
エンマの夫である医師シャルルのお人好しさにも驚かされますが、小説版ではシャルルの幼少期からの人物像にも深く切り込まれていました。
最初に小説を読んでから映画版も見ましたが、当然ながら映画版はストーリーが本質を伝える部分のみにだいぶ端折られていました。19世紀フランスのヨンヴィルやルーアンの雰囲気や、美しく官能的な映像は楽しめるのではないかと思います。
一方で原作者フローベールの洞察力をはじめとする写実主義の醍醐味を味わえるのは小説版で、全体的に小説版の満足度が高かったです。
「ゴリオ爺さん」などの作品で知られるフランスの作家バルザックが創始した写実主義。それを確立したと言われるのがこのフローベールの「ボヴァリー夫人」です。人物の描き方やストーリーの構成でバルザックの影響を受けていることを垣間見ることができました。
「ゴリオ爺さん」も「ボヴァリー夫人」も、人間の普遍的な「愛とお金」をテーマにしています。
「ボヴァリー夫人」に関しては、主人公エンマの奔放な生き方に、ひそかに憧れる女性が多いのではないでしょうか。
一人の女性が、女の幸せを全て手に入れてから全てを失い、身を滅ぼすまでの一部始終から、「足るを知る」ことの大切さを学べました。
映画版はAmazon prime videoとApple TVでご視聴いただけます。
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