フランスの小説家フランソワーズ・サガンのデビュー作「悲しみよこんにちは」。当時18歳のサガンの名前が世に知られるきっかけとなった作品です。
1955年に新潮文庫から発売された朝吹登水子訳版と、2009年に発売された河野万里子訳版があり、私は朝吹登水子訳版の方を読みました。また、映画も観ました。
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旧訳版もサガンのみずみずしい文体が表現されていて、また、映画では伝わりきらなった主人公セシルの心の動きがありありと伝わってきました。
美しい南仏を舞台に描かれたこの小説は、ワインを片手に、じっくりと味わいながら読みたくなる、甘くてほろ苦いダークチョコレートのような物語です。
目次
著者プロフィール
1935年6月21日、母方の家族が住んでいるロットのカジャルクに生まれる。父親は大手電気会社の重役、母親は地主というブルジョワ家庭て育った。
1939年〜1945年の第二次世界大戦中、一家はリヨンに住み、その後、ドーフィネ地方ヴェルコールに住む。
戦後、家族はパリの自宅に戻る。「キキ」の愛称で呼ばれていたサガンは学校生活になじめず、3ヶ月で退学となる。その後、寄宿学校に入れられ、その後も転校を繰り返した後、2度目の受験でバカロレア(フランスの高等学校教育の修了を認証する国家試験)に合格し、ソルボンヌ大学へ入学。在学中に執筆した「悲しみよ、こんにちは」で小説家デビューする。
「悲しみよこんにちは」の登場人物
・セシル
主人公。 2年前に寄宿舎を出て、学校の夏休みを父と一緒に南仏で過ごす。便器用が好きではなく、快楽と幸福を追求する17歳の少女。
・レエモン
40歳の男やもめ(未亡人)で資産家。若々しく女たらしで、6ヶ月おきに女を変える。
・エルザ
レエモンの愛人。背が高く赤毛で、シャンゼリゼのバーなどに出入りする半商売女。
・シリル
高齢の母と一緒に暮らしていてヨットに乗る26歳の法科学生。背が高く、色黒でラテン系の顔をしている。
・アンヌ
セシルの母の古い友人で42歳のファッションデザイナー。非常に洗練された人で、冷淡な美しい顔をしている。セシルが寄宿舎を出た後、しばらくセシルのお世話をしていた。南仏での休暇をレエモン達と共に過ごすことになる。
「悲しみよこんにちは」のあらすじ
6ヶ月おきに愛人を替える、女たらしの父親レエモンと自由気ままな生活を送っていた17歳のセシル。
ある日、レエモンはその時の愛人エルザとともに夏休みを南仏で過ごすことをセシルに提案します。
エルザと気が合っていたセシルは快諾し、3人は地中海に面した別荘へ向かいました。
別荘でしばらく過ごすうちに、セシルの亡き母の古い友人でファッションデザイナーのアンヌから、レエモン宛に手紙が届きます。
レエモンが以前アンヌに「コレクションの息抜きに南仏に来ないか」と気軽に声をかけていたら、アンヌは本当に来ることになったのです。
3人が過ごす別荘へ到着したアンヌは、最初、エルザの存在に戸惑います。
しかしアンヌはすぐに慣れて、大人の対応を取ります。
一方でエルザは日焼けで肌の皮がめくれてしまい、美しさが損なわれてしまいました。
エルザのバカっぽさとは対照的なアンヌの洗練された大人の美しさに、レエモンは惹かれていきます。
そしてついにレエモンはエルザを捨ててアンヌと結婚の約束をします。
レエモンと婚約したアンヌは、セシルの自堕落で快楽ばかりを求める生活を、母親のように正そうとします。
アンヌの忠告が鬱陶しいと感じたセシルは、荷物を取りに戻ってきたエルザと、南仏で出来たセシルの恋人シリルとともに、アンヌを追い出そうと計画します。
それは、アンヌによってセシルから離れるよう言い渡されたシリルとエルザが恋人同士を装い、父レエモンを嫉妬させることです。
そうすることでレエモンはまたエルザに欲情することを、セシルは分かっていました。
セシルの計画は成功し、レエモンとエルザは再び愛人関係になります。
その逢引現場をたまたま目撃してしまったアンヌは、ショックから車を走らせ、事故なのか自殺なのか分からない亡くなり方で、そのまま生涯を終えます。
若さゆえの残酷な計画によって招いてしまった結末は、セシルの人生に暗い影を落とすことになりました。
感想と考察
「悲しみよこんにちは」は、映画版と併せることで、より一層味わい深さを感じられる物語です。
映画では美しい南仏の風景やパリの退廃的な情緒を映像で感じることができ、小説版では主人公セシルの心の動きが、映像では伝わりきらない部分まで繊細に描写されていました。
主人公の心情に対する細やかな描写は、サガンの持ち味と言えます。
寄宿舎を出た後、勉強に身が入らない主人公のセシルは、学校の勉強に馴染めなかったサガンと重なります。
何度も転校し、日本の高卒資格に該当するバカロレアに一度失敗し、ソルボンヌ大学在学中にグランゼコール(技術官僚養成校として認識されている高等教育機関)準備級を受験するも失敗します。
このようなエピソードから、サガンは学校での勉強にコンプレックスを持っていたことが分かります。
その心境が主人公セシルによって表現されています。
ブルジョワ階級で生まれたサガンは、多感な少女時代を戦争の混乱の中過ごし、その後、学業に苦労しながら「書くこと」に人生の道を見出します。
18歳の若さで、人生の酸いも甘いも知り尽くしたかのような構成力と、みずみずしい感性の表現力に圧倒させられる作品です。
フランス文学の代名詞と言えるような重たく切なく美しい悲劇の恋物語。
映画版のジュリエット・グレコのシャンソンがとてもマッチしています。
映画版はこちら