このブログタイトルの原案にさせていただいた江國香織さんの「薔薇の木 琵琶の木 檸檬の木」。江國香織さんの作品の中で一番好きな小説です。私は登場人物の多いストーリーが好きなようです。
初版が刊行されて間もない頃に読んだ記憶があります。
その当時、学生だった私は「都会の女性たちのお洒落なストーリー」と思って読んでいました。田舎者だったこともあり、都会で暮らす大人の女性達の、昼ドラのような生活に憧れがあったのです。
ストーリーの要所要所を演出する料理やお酒、お花、洋楽のセレクトも、江國香織さんらしいお洒落な世界観で素敵と思っていました。
が、20年経って読み直してみたら、「これは女のホラー小説だ」と思ってしまいました。みずみずしい感性の文章表現は変わらず大好きですが、私が大人になったからなのでしょう。
頭の中がお花畑だった少女の頃に読み、人生の酸いも甘いも経験してから読むのとでは、感じ方が違って興味深いです。
そして江國香織さんの、言葉を大切に愛でる世界は、いつでも色褪せない栄養を心に与えてくれます。
登場人物
・陶子
夫とマンションで二人暮らしの専業主婦。何不自由なく生活していたが、ある日、犬の散歩中に一児の父である近藤慎一と出会い、不倫関係にある。
・水沼
陶子の夫。妻が働くことをあまり良く思っておらず、理屈っぽいところがある。
・草子
陶子の妹。陶子が以前、付き合っていた獣医の山岸に思いを寄せるも、山岸に紹介された見合い相手の藤岡と結婚する。
・エミ子
陶子、れい子の仲良しで自営業で、キャンプ仲間として出会った夫の篠原と共に花屋を営む。のちに篠原と離婚。
・篠原
エミ子の夫。エミ子が営む花屋の共同経営者としてエミ子を支える。
・れい子
編集者として働く仕事のできる女性。忙しい日々ながらもファッションや身だしなみに気を遣う。夫の土屋保はめったに家に帰らず寂しい思いをする。
・茶谷麻里江
草子の同僚で40歳になろうとする独身女性。都心に2LDKのマンションを所有し、十分な貯金もある。
・近藤慎一
息子と妻と3人暮らし。日曜日は家の中に居場所がなく、公園を散歩してたら、犬を連れて散歩する陶子と出会い、大人の関係になる。
・綾
近藤慎一の妻。一人息子の裕一の教育に熱心。たまにエミ子の店に花を買いに来るが、これといった好みはなく、いつもエミ子のセンスにお任せしている。
・土屋保
れい子の夫。24歳のモデル衿と不倫している。妻れい子の職場でアルバイトをしている小島桜子にアプローチされ、軽い気持ちで遊んだ結果、大変な目に遭う。
・衿
祖母と母と3人暮らしの24歳のモデル。代々母子家庭。土屋保と不倫関係にあったが、土屋の子供を妊娠し、一人で産むことを決意する。
・小島桜子
れい子の職場でアルバイトしている大学生。コンピュータで絵を描くのが趣味。れい子の夫である土屋保に一目惚れしてストーカー化する。
・山岸
陶子が以前付き合っていた獣医。陶子と草子の実家で飼っている犬を看取る。
・道子
山岸の妻。一度浮気をするが、男に振られてからは何事もなかったかのように山岸を支える。草子の見合いに同席し、恋愛に対して達観した様子が草子の心を惹きつける。
・藤岡
山岸が草子に紹介した見合い相手の男。体が大きく毛深い。草子は最初、見合いを断ろうとするが、藤岡と楽しく過ごすうちにプロポーズを受けることを決意する。
あらすじと感想
主婦、フラワーショップ経営者、モデル、編集者、OL・・・それぞれの登場人物がまるでロンドのように織りなす恋と情事の物語です。
冒頭にも書かせていただいた通り、私が初めてこの作品を読んだときは学生でした。
自分はどの女性を目指そうかな?と思いながら作品を読み進めていくのは楽しくもあり、
複雑な思いもありました。
特にアルバイト先の女上司の夫に恋をする大学生、小島桜子は、当時の自分とそっくりだったのです。
夜な夜なパソコンで絵を描くところも、嫌いなものが多く、いつも自分には何かが足りないと思っているところ、こだわりが強く頑固で硬く、不器用、思い込んだら一直線、そして自分で自分を追い込んでいく痛々しいところがまるで自分を見ているかのようでした。
その桜子が、土屋に一方的に思いを寄せて、ストーカー化していく様子、アルバイト先を辞めて、れい子の自宅で開催された自分の送別パーティーの席で、れい子に「私、土屋さんと付き合っているんです」と暴露する様は、れい子でさえも痛々しさを感じてしまうほどです。
この若さ故の一直線さに、つい同情してしまった方もいるのではないでしょうか?
そして学生時代に読んだ時、自分は絶対にならないであろうけど最も憧れたのは、専業主婦の陶子でした。
夫の帰りを待ちながら家の中を隅々まで綺麗にして、夕方にケニー・Gのサックスを聴いて、昔を思い出して泣きそうになる。
安心感に包まれた家の中でどこか物足りなさを感じている陶子は、やがてその美徳がゆらぎ、犬の散歩中に公園で出会った既婚男性と、大胆な大人の恋を始めてしまいます。
陶子と水沼の、どこかズレた感じがリアルです。
しかしながらこの物語で一番いい思いをしているのも陶子なのでは、と思ってしまいました。
仕事と結婚生活の両立がうまくいかなかったエミ子やれい子とは対照的に、陶子は安心できる家庭と、好きなことをして過ごす時間、そして情熱的な婚外恋愛と、女が潜在的に望むものを全て手に入れます。
このやるせなさ、リアルさが、女のホラー小説である所以です。
小島桜子のような痛々しい大学生だった私は20年近く経ち、晩酌をしながら金融商品を比較するアラフォー独身女性、茶谷麻理江そっくりになりました。(麻里江ほどの財力はありませんが)
アラフォー独身麻理江の適齢期に関する考え方にとても共感したので、一部引用させていただきます。
「誰かと暮らすのなら遅すぎないほうがいい。まだ若く、自分の情熱を信じられて、やり直しのきく年齢。生活の細部を隅々まで一人で作ってしまう前の年齢。他人と自分との間に横たわる闇を日々模索することを、煩わしいと思ってしまったら多分もう遅いのだ。」
この境地に達して、一人で過ごす未来に迷いがなくなれば、案外人生は楽しくなるものです。
さまざまな登場人物の心境から、今の自分にピンとくるメッセージが見つかるこの小説。
リアルであるだけに、怖くもなり、引き込まれる魅力があります。
江國香織さんのみずみずしい感性に溢れたお洒落な世界に浸りたい方には、ぜひ読んでいただきたい一冊です。